「最高勝率」の行方は打線の力と切っても切り離せないように思えるが……
プロ野球における投手タイトルの一つとして定められている「最高勝率」。その性質上、より多くの援護が見込める打線全体の得点力が高いチームに所属している投手のほうが、このタイトルを争ううえでは有利だと考えるのが自然だ。しかし、過去の例を見る限りでは、必ずしもそうとは言えないという現実が浮かび上がってきた。
とりわけ、直近2年間のパ・リーグにおける数字を見ていくと、その傾向がより顕著に表れている。2018年と2019年に最高勝率を獲得した投手と、その所属チームの打撃成績を以下に紹介したい。なお、打撃成績の項目においては、チーム打率に加えて、投手にとっての援護点にも直結するチーム総得点のリーグ内順位を、それぞれ括弧内の数字で示している。
2018
ボルシンガー投手(千葉ロッテ)
20試合 13勝2敗 勝率.867 117.2回 84奪三振 防御率3.06
チーム打撃成績(シーズン順位:5位)
143試合 打率.247(4) 534得点(5) 1159安打 78本塁打 124盗塁
2019
山岡泰輔投手(オリックス)
26試合 13勝4敗 勝率.765 170回 154奪三振 防御率3.71
チーム打撃成績(シーズン順位:6位)
143試合 打率.242(6) 544得点(6) 1153安打 102本塁打 122盗塁
以上のように、どちらのシーズンにおいても、シーズン順位、得点数ともに高いとは言えないチームから最高勝率の投手が誕生している。2018年の千葉ロッテはとりわけ長打力不足が深刻で、他の5球団が3桁のチーム本塁打数を記録する中で1チームだけ70本台と大きく後れを取っていた。得点数も下から2番目と、総じて決め手を欠きがちだった。
2019年のオリックスはさらに厳しい状況で、チーム順位、打率、得点のすべてがリーグ最下位という結果に。防御率1.95で同年の最優秀防御率に輝いた山本由伸投手が20試合の登板で8勝6敗だった一方、山岡投手がシーズンを通じて9つの貯金を積み上げているのも興味深い点だ。
該当年の順位からも想像できる通り、両球団ともにチーム全体の勝ち星としても多いとはいえない数字にとどまっていた。そこで、同年に同一球団に在籍した投手が挙げた勝利数はどうなっていたのかを確認するために、各チーム内の勝利数トップ5を見ていきたい。
2018年:千葉ロッテ(59勝81敗3分)
ボルシンガー投手:20試合 13勝2敗 防御率3.06
石川歩投手:21試合 9勝8敗 防御率3.92
涌井秀章投手:22試合 7勝9敗 防御率3.70
有吉優樹投手:29試合 6勝5敗2ホールド 防御率3.74
二木康太投手:16試合 4勝7敗 防御率3.93
2019年:オリックス(61勝75敗7分)
山岡泰輔投手:26試合 13勝4敗 防御率3.71
山本由伸投手:20試合 8勝6敗 防御率1.95
K-鈴木投手:19試合 4勝6敗 防御率4.31
エップラー投手:24試合 4勝4敗3ホールド 防御率4.02
近藤大亮投手:52試合 4勝6敗 防御率3.44
どちらのチームも、最高勝率を獲得した投手以外に2桁勝利を挙げた投手は存在しなかった。2018年の千葉ロッテはボルシンガー投手と石川投手がともに故障で戦線離脱する時期もありながら一定の勝ち星を挙げたが、不振やケガの影響もあって年間を通してローテーションを守った投手は存在せず。防御率3点台の先発投手が5人揃いながら総じて勝ち星が伸び悩んでいるのは、そういった背景も影響していたかもしれない。
2019年のオリックスでは、山岡投手と山本投手の若き右腕2人がそれぞれローテーションの中心として奮闘したが、ブレイクを見せつつあった榊原翼投手が故障で長期離脱するなどこちらも先発の頭数が揃わず。前年オフに移籍した、金子弌大投手(北海道日本ハム)と西勇輝投手(阪神)の穴は埋めきれなかった。4位タイで並んだ3投手のうち2人が中継ぎ(エップラー投手と近藤投手)という点にも、苦しい台所事情が現れていたと言えるか。
2010年以降の各年における傾向はいかに?
直近2年については先述した通りの結果となったが、それ以外の年についてはどのような傾向が出ているのだろうか。2010年から2017年までの数字も、同様に確認していきたい。
2010年
杉内俊哉氏(福岡ソフトバンク)
27試合 16勝7敗 勝率.696 182.2回 218奪三振 防御率3.55
チーム打撃成績(シーズン順位:1位)
144試合 打率.267(5) 638得点(4) 1308安打 134本塁打 148盗塁
2011年
田中将大投手(楽天)
27試合 19勝5敗 勝率.792 226.1回 241奪三振 防御率1.27
チーム打撃成績(シーズン順位:5位)
144試合 打率.245(5) 432得点(5タイ) 1140安打 53本塁打 130盗塁
2012年
攝津正氏(福岡ソフトバンク)
27試合 17勝5敗 勝率.773 193.1回 153奪三振 防御率1.91
チーム打撃成績(シーズン順位:3位)
144試合 打率.2524(3) 452得点(5) 1195安打 70本塁打 144盗塁
2013年
田中将大投手(楽天)
28試合 24勝0敗1セーブ 勝率1.000 212回 183奪三振 防御率1.27
チーム打撃成績(シーズン順位:1位)
144試合 打率.267(2) 628得点(2) 1287安打 97本塁打 62盗塁
2014年
岸孝之投手(埼玉西武)
23試合 13勝4敗 勝率.765 161.1回 126奪三振 防御率2.51
チーム打撃成績(シーズン順位:5位)
144試合 打率.248(6) 574得点(4) 1187安打 125本塁打 74盗塁
2015年
大谷翔平投手(北海道日本ハム)
22試合 15勝5敗 勝率.750 160.2回 196奪三振 防御率2.24
チーム打撃成績(シーズン順位:2位)
143試合 打率.258(3) 615得点(3) 1238安打 106本塁打 134盗塁
2016年
和田毅投手(福岡ソフトバンク)
24試合 15勝5敗 勝率.750 163回 157奪三振 防御率3.04
チーム打撃成績(シーズン順位:2位)
143試合 打率.261(3) 637得点(1) 1240安打 114本塁打 107盗塁
2017年
千賀滉大投手(福岡ソフトバンク)
22試合 13勝4敗 勝率.765 143回 151奪三振 防御率2.64
チーム打撃成績(シーズン順位:1位)
143試合 打率.259(2) 638得点(2) 1208安打 164本塁打 73盗塁
上記の選手の中で、チーム成績、打撃成績ともに苦しい中で最高勝率のタイトルを獲得した投手としては、2011年の田中投手、2014年の岸投手の2人が挙げられる。また、2010年の杉内氏や2012年の攝津氏のように、チーム成績は優れていても、チーム打率や得点数の面ではリーグ下位に位置していたケースも存在している。
もちろん、シーズン24連勝を記録した2013年の田中投手をはじめ、2016年の和田投手や2017年の千賀投手のように、優れた打線の力をきっちりと勝ち星に結び付けてタイトルを獲得した投手たちも存在している。それでも、打線が湿りがちな中で最高勝率を掴み取った投手たちの数は決して少なくないと言えるのではないか。
新人ながら様々なタイトルを獲得した、1980年の木田勇氏の場合は?
ここからは、過去のパ・リーグにおいて同様の傾向を示していた最高勝率の受賞者たちを挙げていきたい。まず、1980年に新人ながら最多勝、最優秀防御率、最高勝率の投手3冠(当時連盟表彰のなかった最多奪三振を含めると4冠)を達成し、新人王に加えてMVPも受賞するという離れ業を演じた、木田勇氏の例を見ていこう。
1980年
木田勇氏(日本ハム)
40試合 22勝8敗 勝率.733 253回 225奪三振 防御率2.28
チーム打撃成績(シーズン順位:3位)
130試合 打率.264(5) 593得点(6) 1137安打 167本塁打 115盗塁
当時のパ・リーグでは前期と後期の2シーズン制が導入されており、同年の日本ハムは前期・後期ともに2位。通年の成績では3位だった。好成績を支えたのはリーグ唯一のチーム防御率3点台(3.61)を記録した投手陣で、木田氏の他にも先発陣の一角だった高橋直樹氏と間柴茂有氏がそれぞれ10勝、高橋一三氏も9勝を記録している。
その一方で、打線は打率がリーグ5位、得点数がリーグ6位と強力とは言えず。通年の成績で1位だった近鉄はチーム打率.290、791得点を記録しており、この年のパ・リーグにおいて、チーム総得点が600を下回ったのは日本ハムだけだった。それでも22勝を積み上げた木田投手をはじめ、先発陣が多くの勝ち星を記録しているのは興味深いところだ。
苦しい時代を過ごした千葉ロッテも、出色の戦績を残した投手を複数輩出
次に、1990年代後半から2000年代にかけての千葉ロッテを支え、ファンからも多くの支持を集めた2人の右腕の例についても紹介していきたい。
1998年
黒木知宏氏(千葉ロッテ)
31試合 13勝9敗 勝率.591 197回 124奪三振 防御率3.29
チーム打撃成績(シーズン順位:6位)
135試合 打率.271(1) 581得点(5) 1240安打 102本塁打 80盗塁
2000年
小野晋吾氏(千葉ロッテ)
26試合 13勝5敗 勝率.722 167回 96奪三振 防御率3.45
チーム打撃成績(シーズン順位:5位)
135試合 打率.259(5) 622得点(4) 1175安打 109本塁打 88盗塁
1998年といえば、千葉ロッテが現在も残るシーズン18連敗というNPBワースト記録を作ってしまった年だ。「魂のエース」と呼ばれた黒木氏はそんな中でも奮闘を見せたが、抑えへの配置転換の失敗など、チーム事情に振り回された面もあった。チームも大型連敗が始まるまではリーグ優勝も狙える位置につけていたが、悪夢の連敗を境に大きく失速。打率はリーグトップながら得点は同5位と、決め手を欠いたのが数字からも見て取れる。
2000年にブレイクを果たした小野氏は同年に日曜日の登板が多かったこともあり、かつてオリオンズのエースとして活躍した村田兆治氏になぞらえ、「サンデー晋吾」の愛称で親しまれた。同年はエースの黒木氏がケガの影響で防御率5.18と絶不調に陥り、チーム防御率も4.73でリーグ最下位。苦しいチーム状態の中で、最高勝率に加え、勝利数と防御率もそれぞれリーグ2位と素晴らしい活躍を見せた小野氏の投球はひときわ輝いていた。
岩隈久志投手は、苦しいチーム状況でも多くの白星を稼げる稀有な存在
また、岩隈久志投手は近鉄で1度、楽天で1度と合計2回パ・リーグの最高勝率を記録しているが、そのどちらでも同様の奮闘ぶりがうかがえる点が特徴的だ。該当する2年間の成績を、以下に記していきたい。
2004年
岩隈久志投手(近鉄)
21試合 15勝2敗 勝率.882 158.2回 123奪三振 防御率3.01
チーム打撃成績(シーズン順位:5位)
133試合 打率.269(5) 630得点(5) 1221安打 121本塁打 59盗塁
2008年
岩隈久志投手(楽天)
28試合 21勝4敗 勝率.840 201.2回 159奪三振 防御率1.87
チーム打撃成績(シーズン順位:5位)
144試合 打率.272(1) 627得点(4) 1329安打 94本塁打 101盗塁
2004年は近鉄バファローズにとって最後のシーズンとなったが、長く主軸を務めたタフィー・ローズ氏の退団と、ほぼシーズンを棒に振った吉岡雄二氏の長期離脱もあり、持ち前の強力打線が得点力を削がれることに。全球団がチーム防御率4点台以下という打高の時代で、チーム内で2桁勝利を挙げた投手も岩隈投手1人だけという中で、23歳にして最多勝と最高勝率の2冠に輝き、防御率もリーグ2位という圧巻の活躍を披露した。
岩隈投手はその後、球団合併の影響もあって楽天に移籍。相次ぐ故障や2段モーションの禁止によって苦しんだ時期もあったが、2008年に完全復活。同年のチーム打率はリーグ1位ながら得点数はリーグ4位と決め手を欠き、2004年の近鉄と同様にチーム内で2桁勝利を挙げた投手は岩隈投手1人という状態ながら、28試合の登板で21勝と驚異的なペースで白星を積み上げた。同年にチームが記録した65勝のうち、約3分の1を一人で稼ぎ出した計算だ。
2008年に21勝を記録した岩隈投手、打線の援護は……
以上の例を見ても、チーム成績や得点力といった面で苦しいシーズンを送った球団から、最高勝率の投手が輩出された例は少なからず存在していると結論できそうだ。直近10年間においてもそういったケースは多くなってきており、必ずしも好調なチームから最高勝率の投手が生まれるわけではないことがうかがえる。
また、2004年と2008年の岩隈投手のように、エースに勝ち星が偏るケースも見られたのが興味深いところだ。「この投手が登板した試合では勝たなければならない」という心理がチーム内に働くことは大いに想像できるが、実際に2008年に岩隈投手が登板した試合では、15得点が1度、11得点が2度と3度の2桁得点を記録するなど、たびたび打線が爆発していた。孤軍奮闘する投手の頑張りに応えようというモチベーションが、実際に数字にも表れるケースは存在するようだ。
勝敗数は投手自身が完全にコントロールすることはできない指標だが、その数字が所属チームに対する貢献度の一端を示していることは紛れもない事実だろう。所属チームが苦しいシーズンを送る中で最高勝率のタイトルを獲得する投手が出現するケースが2シーズン続いている中で、今季もその傾向が続くのか、あるいはまた違った趣を示すのか。来たる2020年シーズン、どの投手が栄冠を手にするのかに要注目だ。
人気記事
・2019年の“救援勝利”の数を調べてみた
・【野球教室】2投手が伝授‼︎ 投球と動きのコツ(動画)
・【#SAFEHandsパ】千賀投手のお化けフォークで10奪三振=30秒!
・パーソル パ・リーグTV厳選ベスト100(動画)
記事提供: