
◆パ・リーグ 西武4―1楽天(30日・ベルーナドーム)
西武・栗山巧の引退試合に際し、入団当時は2軍打撃コーチを務めていた田辺徳雄・現3軍野手コーチ(60)が30日、本紙に手記を寄せた。西武一筋25年、球団生え抜き初の2000安打も達成したミスターレオに成長した教え子をねぎらった。
「来季限りで引退します」と聞いたのは、(昨年12月の)契約更改前だったかな。寮の裏の駐車場で立ち話して。いつかは現役としてのユニホームを脱がなきゃいけない時が絶対あるわけだから。25年、四半世紀か。長いことようやったよね。
入団してきた時は「物静かな選手だな」って感じだった。けど、ユニホーム着てグラウンドに出てくると、目つきがガラッと変わる。ギラギラしてるような印象だった。うまくなりたい、早く1軍に上がりたいとか、そういうものを持っていた。ちょっと周りの選手とは違ってたかな。
25年たっても野球への姿勢は変わらないね。ルーキーの頃は同じことをいつまでも繰り返して練習してた。今も、同じことを愚直に繰り返し繰り返し、練習してる。もう少し手抜いてもいいのにと思うけど、きっちり自分の納得いくまでやって、ようやく終わりみたいな。そこはブレないね。適当にやるってことをやっぱり彼自身が許さへん。きっちり準備してゲームに臨む、それが一流なんだろうなと思う。40歳も過ぎても、もういいだろうと思わないところがすごいよ。
年々力をつけてレギュラー取って。「栗山巧」っていう、いち選手どころか全国の選手だよね。素晴らしいのひと言しかないでしょ。1年でも2年でも携われたっていうのは自分も光栄だし、誇りにも思ってる。そういう選手に巡り合えたっていうのは、すごいラッキーだった。
地元で「栗山巧杯」とか開いてるし、今後はそういった野球振興でもっともっと野球界に貢献してほしいなっていうのもある。引退してから、もしかしたら球団に何かしらの形で残る可能性もあるけど。野球人口が減ってるから、もっともっと輪を広げてやっていってくれたらいいなと思うね。今までは自分のためにだったけど、今度は野球に携わる人のため、少年少女のために力を注いでほしい。
◆田辺 徳雄(たなべ・のりお)1966年5月11日、山梨県生まれ。60歳。84年ドラフト2位で西武に入団。金銭トレードで巨人に移籍した2000年に戦力外通告を受け現役引退。02年に西武の2軍打撃コーチに就任。14年に監督代行、15、16年は監督を務めた。通算1229試合出場、打率2割6分8厘、87本塁打、442打点。89、92年にベストナインとゴールデン・グラブ賞を獲得。178センチ、76キロ。右投右打。
西武・栗山は30日、楽天戦(ベルーナD)に先駆けて都内で引退会見を行った。ファン630人も見守った中で、野球人生を語った。
【栗山に聞く】
―今の気持ちは。
「いよいよこの日が来たという気持ち。まだ実感が湧かないという気持ちが入り交じっています」
―同期入団の中村剛はどのような存在か。
「一緒にドラフトで入って、気づけば25年。同じユニホームで一緒にプレーしているので、当たり前にいる存在ではありますけど、特別なチームメート。まあでも、ツレですね」
―昨年の契約更改の会見で「締めくくりのシーズン」と表現した意図は。
「家庭の中でいろいろ子供たちとも話をすることがあって『辞めてもいいけど引退とは言わんとってくれ』と言われて」
―野球少年、少女に伝えたいことは。
「楽しいという気持ちを常に持って。あとは目いっぱい、うまい、下手関係なくやってもらえたら」
―栗山ファンは今後どのように過ごしたらいいか。
「僕のような選手はいないかもしれないが、僕と違った特徴だったり、素晴らしい選手はたくさんいますので、その中から推しを見つけてくれと。全力プレーでお迎えしますので、いつでも球場に来て旗を振って」
―今後の予定は。
「現時点では未定です」
―もう一年やりたいと思ったことは。
「なくはないですが皆さんにお約束して、締めくくりの一年として今季をやるということなので」
―後輩に一番伝えたいことは。
「ライオンズには歴史があって、強い時期があって我々後輩たちがいて、何か受け継がれてきているようなものはあると思う。ライオンズの良さとか自分らしさというものを、ライオンズのユニホームを着ている限り、全力で悔いのないようにプレーしてほしい」
―背番号1の後継者に期待することなどは。
「結構、むちゃぶりじゃないですか。背番号うんぬんではなくて、まずは自分たちのプレーをしっかりやってほしい。そういうタイミングが来たら、そうなると思うので。まずは自分のプレー、もっと自分の個性、いいところを伸ばしていってほしい」