
今年の野球殿堂入り通知式が15日、都内で行われ、エキスパート表彰で日本ハムの栗山英樹チーフ・ベースボール・オフィサー(CBO=64)が新たに殿堂入りした。日本ハム監督時代の栗山氏に密着した番記者が、大谷を育て、日本を世界一に導いた名将の思考に迫る。
まるで“英樹の部屋”と呼びたくなるような時間だった。ホームであれば、当時の本拠地・札幌ドームの一塁側ベンチや三塁側のエキサイトシートで、練習を見る栗山監督を担当記者が数十分にわたって取材(いま思えば、半分以上が雑談だった)するのが恒例だった。生活拠点を置く北海道・栗山町の季節の移ろいや動物たちの姿、読書家である指揮官ならではの偉人たちや歴史に関する話題など、自分が知らない考え方、知識に触れられる時間が、とても好きだった。
日本ハム担当としての3年間で、忘れられない言葉がある。「監督は孤独になっていくよね」。20年8月のことだ。チームを勝たせるために全身全霊を尽くしても、全てが報われるわけではない。悩みや葛藤を周囲に話すことは、立場上なかなかできないことは想像できた。しかし、この時は違った。「自分がなんか、気持ちをはき出したいんだろうね。モヤモヤしたものを捨てなきゃと思っているだけなんだけど…。こんな話って誰にもしないから」。初めて胸の内をのぞいた気がした。
敗戦後の囲み取材では、「俺が悪い」とよく口にした。特定のプレーや選手を責めることはなく、責任を一身に背負った。なぜだったのか。ある時に聞いた言葉に、その真意が詰まっているように思う。
「俺は誰も見ていない。ファイターズを見ている。見るのは『何やっているんだよ、監督!』という見方だよ」
選手に優しいから責めないのではない。選手を起用しタクトを振るう中で、監督が勝利に向けた最善策を打てなかったことが敗因なのだから「俺が悪い」。先述した「モヤモヤしたもの」というのも、試合中の瞬間、瞬間で行った決断が正しかったのか…という反省、後悔といった類いの感情だったのだろう。
日本ハム監督を務めた10年間。戦い続ける日々の中で、「自分でよく生きているなと思うもんね」と苦笑することもあったが、退任後の23年には侍ジャパンを率いて、ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)で世界一奪還を果たした。命を懸けて野球を愛し、戦い続けたことが評価されての殿堂入り。WBC決勝の直後、グラウンドで対面した際にかけさせていただいたのと同じ言葉で、祝福を伝えたい。「監督、おめでとうございます」。(18~20年日本ハム担当・小島 和之)
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