
オリックスは12日、阪急ブレーブスOBの住友平さんが11日に細菌性肺炎のため死去したと発表した。80歳だった。通夜は14日午後6時、告別式は15日午前11時から公益社千里会館(吹田市桃山台5―3―10)で行われる。
住友さんは浪商(現大体大浪商)、明治大を経て、1965年のドラフト3位で阪急に入団。1967年からの3連覇、71、72年の連覇に貢献するなど、日本シリーズに5度出場。73年には自己最多の127試合に出場し、打率2割6分3厘、10本塁打、72打点をマークするなど、171センチと小柄ながら二塁手として黄金時代を支えた。
67年7月30日の東京戦(東京)では現在も日本プロ野球史上唯一の「無補殺三重殺(1人でのトリプルプレー)」を達成。無死一、二塁の守備で相手のエンドランがかかり、二直を捕球した後、そのまま二塁ベースを踏んだ上で、迫ってきた一塁走者もタッチアウトにした。当時は「一塁ランナーがスタートを切ったので、二塁ベースカバーに入ろうとしたら、ちょうどうまく緩いライナーが飛んできた。こんなめったなことはないですね」と振り返っていた。
現役引退後は名将の上田利治監督の参謀として阪急、日本ハムで打撃コーチ、2軍監督、ヘッドなどを歴任。09年からオリックスで2軍監督やチーフコーチを務めた後、10年からは社会人のクラブチームの関メディベースボール学院で指導に当たっていた。
通算879試合に出場し、打率2割4分6厘、55本塁打、236打点。右投右打。