彼の人が海を渡り、北海道日本ハムにとってひとつのサイクルが終幕した。再びの再建へ乗り出すチームの、今季のチャンピオンフラッグ奪回を予想する声はそう多くないかもしれない。だが、思い出されるのは、前回の転機だ。今回と同様、大黒柱を失いながらも、栗山英樹監督就任1年目にリーグ優勝を果たしている事実は見逃せない。
もちろん、現在のチーム状況は当時とは違う。それでも、この球団がいたずらに時間だけを浪費するような組織でないことは、多くのプロ野球ファンが周知するところだろう。行く人あれば、来る人もあり。急ピッチで編成が進む中、先発、救援ともに軸が抜けた投手陣全体の底上げは、最優先課題だ。そのためには、新戦力の活躍だけでなく、既存戦力による底上げも欠かせない。
年々、ブルペンにおける存在感を増している鍵谷陽平投手は、昨季にキャリアハイの成績を残しながらも、契約更改の場で笑顔を見せることはなかった。右ヒジ手術からの完全復調を目指す上沢直之投手には、フルシーズンを通した投球だけでなく、誰もが認める才能の完全開花が待ち望まれている。新シーズン到来を前にして、両者とも周囲の期待に応えるための準備は万端のようだ。
個々の向上と結束力で勝利するのがチームの伝統
-巻き返しを図るチーム全体に、昨年までとの違いを感じることはありますか。
(鍵谷投手) ファイターズは若い選手が多く、毎年、入れ替えも多いので。今年も若いメンバーが入ってきたなという感じですね。
(上沢投手)若い選手が、どんどん出てくるので。違いというよりは新しい競争が毎年、始まります。その中でみんな、僕も含めて負けないようにという意識でやっていると思います。
-2人を含む、北海道日本ハム7選手による自主トレメンバー「チーム徳之島」では、どのような話をしましたか。
(鍵谷投手) みんなで食事をする機会があったので、そのときに普段はできないような話をしました。ピッチャーが思っていないような、バッター目線での配球の話を結構しましたね。ためになりました。
-今までとは違う考え方ができるようにもなった。
(鍵谷投手)今までは投げてばかりで、ただデータやタイプを見て投球していたことが多かった。でも、バッターの気持ちや心理、調子の良し悪しや、相手から見た配球というものが勉強になりましたね。
(上沢投手)そういう話もできましたし、自主トレをしたみんなで「一軍で活躍できたらいいね」という話をしました。すごく有意義な時間になったと思います。
-今年は先発、ブルペンともに主力選手が退団した状況で、2人はどのようにしてチームの投手力向上に貢献したいと考えていますか。
(鍵谷投手) ファイターズは他の選手を取ってくるよりも、自分たちのチームの選手をレベルアップさせて、チームの力を上げていくスタイルです。一人ひとりが自覚を持って、個人がレベルアップすれば、チームが強くなると選手も分かっています。それが一番の補強、戦力アップだと思うので、オフからしっかりと自覚を持って、みんなが取り組んでいます。
-鍵谷投手はクローザーのポジションを意識することはありますか。
(鍵谷投手) まあ…、そうですね。中継ぎピッチャーですし。入団したときから、そういう役割を目指してやってきたので。ただ、起用自体は監督とコーチが決めることです。自分はしっかりした準備と最大限のアピールをして、「やってくれ」と言われるようにならなければ。いくら自分がやりたいと言っても、できるポジションではありません。しっかりとみんなに認めてもらって、できるポジションだと思うので。
(上沢投手)(大谷)翔平(現エンゼルス)が抜けて、先発陣への負担や新しい期待もかなり増えてくる。エースと呼ばれていた人間がいなくなって、僕や周りがどれだけやれるか。昨年は悔しい思いをしたので、先発投手がみんなでカバーして、結果的には「全員がいい成績だった」というシーズンにしたい。一人でカバーできるとは思わないですけど、とにかく去年以上の成績を残さないと、チームもいい成績が残らない。今年はしっかり満足できる成績を残せるようにしたいです。
-上沢投手は今年、背番号を「15」に変更しました。改めて、どのような思いがあるのか教えてください。
(上沢投手)背番号は変わりましたけど、それでやることは変わりません。何かいいきっかけにして、飛躍になればいいと思います。結局は自分が頑張らないと何も変わらないので、「背番号が変わった年はいいシーズンだったね」と言えるように頑張りたいですね。
良き先輩と良き後輩は、感謝の気持ちを忘れず右腕を振るう
-せっかくの対談なので、お互いのことをどのように思っているか聞かせてください。
(鍵谷投手) 上沢は年下ですけど、プロ入りは1年早くて、入団時から仲良くしています。自主トレも一緒で、私生活でもご飯に行ったりして一緒にいることが多い。かわいい後輩ですけど、野球だったら頼りになる先発投手。しっかりとゲームを作ってくれますし、中継ぎピッチャーとしては安心して準備ができます。
(上沢投手)僕もずっと前から私生活でもお世話になっているし、野球の面でもそうです。頼りになることが多く、引っ張ってくれます。気付く前にいろいろ先に動いてくれることが多いので、僕たちがやらないこともやってくれたりして助かります。その点で尊敬できるし、頼りになる先輩ですね。野球の面でも去年の成績を見てもらえれば分かるように、先発した後で鍵谷さんが登板したら安心して見られます。
-上沢投手は2年前に右ヒジを手術して、鍵谷投手も大学時代に同じ箇所を故障しました。それだけに今、投げられる喜びを感じながらプレーできているのではないでしょうか。
(上沢投手)怪我も手術も人生初めてだったので、最初はすごく怖かったですね。自分の身体にメスを入れるのが怖かった。でも、やらないと痛みがずっと長引いて、どんどんパフォーマンスが落ちるより、早めに決断した方がいいと思いました。リハビリをしている間はかなり気持ちが落ち込みましたし、パフォーマンスが上がらない間にだんだんと思い悩みました。でも、周りの人が支えてくれたおかげで、今の自分があると思います。手術をしたことで、周りへの感謝や、いろんな人に支えられて野球ができているという思いを再確認できました。いろいろと見つめ直す時間になったのかなと思います。
(鍵谷投手) 僕は大学2年の秋に右ヒジの靭帯を損傷しましたが、手術はしていません。丁度、オフシーズンに入る頃だったので時間がありましたし、リハビリだけでした。さほど重症でもなく、翌春に向けて準備できました。ケガは付き物だと思いますけど、僕の場合はタイミングがよかったので、そこまで焦ることもなく、しっかり治せました。いろんなことを見つめ直す機会にはなりましたね。
縁のあるファイターズに入団して、育てられ
-鍵谷投手は道産子で上沢投手は千葉県出身と、ともにチームが拠点とする街で育ちました。間近に感じてきたファンの声援を、どのように感じていますか。
(鍵谷投手) 札幌ドームで試合をしていても、本当にみなさん温かいです。ファイターズはファンとの距離が近いので、温かい目で見守ってくれる。優しいファンが多いと思います。ミスをしても、ピンチになっても拍手で応援してくれるので。選手にとってはすごく心強いと思います。
(上沢投手)同じような意見になりますけど。札幌ドームでしか感じられないような雰囲気があって、それはファンの方が作り出してくれるものだと思います。鎌ヶ谷の球場もそうですね。ファンとの距離が近いので、僕たちもいろいろとファンサービスをする機会がありますし、声をかけてくださることも多い。ファンのみなさんがいて、僕らの野球が成り立っていると思うし、優しい人も多いので、僕たちにもいい影響があると思いますね。
-力をもらっているファンに向けて、今季の意気込みをお願いします。
(鍵谷投手) チームのメンバーは結構、変わりましたけど。去年はチームとして悔しい結果になってしまったので、またリーグ優勝、日本一を目指して、一人ひとりが自覚を持って優勝だけを目指して頑張りたいと思います。もう一度、札幌で優勝パレードがしたいので、応援よろしくお願いします。
(上沢投手)僕はビールかけをしたことがないですし、優勝パレードは出たことがありますけど、いい成績を残していたことは一度もないので。今季が終わったときには、達成感を持って優勝パレードに出たいです。ビールかけもしたいので、去年以上の成績を残さないといけないと思っています。先発ローテーションに入って、しっかり1年間投げて、優勝に貢献できるように頑張ります。
寒さが増せば、声援はより温かく感じられるに違いない。厳しい状況だからこそ、心に染みる言葉もあるのではないだろうか。ピンチはチャンス。雪も積もれば強固な壁となり、周囲にはそれを打ち破る団結心、あるいは利用するための工夫を促す。だから、前評判が高くないときの北海道日本ハムは侮れない。
一軍が本拠を構える北海道と、二軍がホームとしている鎌ヶ谷の所在する千葉県。ファイターズタウンで生まれ育った2人の伸びしろが、そのままチームの躍進へと結び付くことは、本人たちも重々と承知している。
鍵谷投手プロフィール
鍵谷 陽平(かぎや ようへい)/救援投手
1990年9月23日生まれ。27歳。北海道出身。177センチ83キロ。右投右打。
小学1年時にスキーのジュニア資格を全て取得し、高学年で大人向けの資格を取ると野球へ専念。中学校卒業後に進学した北海高校では3年夏にチームを甲子園へ導くが、初戦の東邦高校戦で12失点を喫し敗れる。中央大学では4年進級時に卒業に必要な単位をほぼ得ていた文武両道。2年秋に右ヒジの靭帯を損傷したが、2学年上の澤村拓一投手(現巨人)の薫陶を受けてウェイトトレにも精を出し、2012年ドラフト3位で北海道日本ハムへ入団する。今季は、プロ入り後に憧れの選手として名前を挙げた増井浩俊投手(現オリックス)の穴埋めが期待される。
【昨季成績】60試合 1セーブ 19HP 57回 17与四球(与四球率2.68) 46奪三振(奪三振率7.26) 防御率2.53
【通算成績】207試合 5セーブ 57HP 219回 93与四球(与四球率3.82) 185奪三振(奪三振率7.60) 防御率3.37
上沢投手プロフィール
上沢 直之(うわさわ なおゆき)/先発投手
1994年2月6日生まれ。24歳。千葉県出身。187センチ88キロ。右投右打。
少年時代は水泳とサッカーに打ち込んだが、中学で野球部に入部して投手に。専大松戸高校へ進むと、3年夏の千葉県予選では1試合16奪三振を記録して、将来性が高く評価された。2011年ドラフト6位で北海道日本ハムへ入団。13年のフレッシュオールスターに選出されると、2イニングスを完全投球で抑えて優秀選手賞を獲得した。翌14年の4月2日(福岡ソフトバンク戦)に一軍初登板を初先発初勝利で飾ると、23登板で8勝8敗、防御率3.19の成績を残し、U21ワールドカップ代表に選出。16年に右ヒジ関節を手術して一軍登板なしも、昨季に戦線復帰を果たした。
【昨季成績】15試合 4勝9敗 91.2回 32与四球(与四球率3.14) 74奪三振(奪三振率7.27) 防御率3.44
【通算成績】51試合 17勝23敗 302.1回 107与四球(与四球率3.19) 222奪三振(奪三振率6.61) 防御率3.51
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