公立校からプロ入りした道産子の活躍。北海道日本ハムが展開する地域貢献の新しい形

Full-Count 石川加奈子

2018.3.5(月) 15:39

北海道日本ハム・竹田球団社長、池田氏、安久津町長(左から)(C)Full-Count
北海道日本ハム・竹田球団社長、池田氏、安久津町長(左から)(C)Full-Count

北海道日本ハムが発表した足寄町との人材派遣事業

北海道日本ハムは4日、札幌の球団事務所で足寄町との人材派遣事業について発表。球団のアカデミーグループに所属する池田剛基さんが、4月1日付で足寄町の教育委員会に任期付職員として採用されることが決まった。

池田さんは鵡川高の主将として02年春の甲子園に出場し、同年のドラフト7巡目で日本ハムに入団。球団の北海道移転決定後、初の北海道出身選手となった。3年間の選手生活を終えた後には、アカデミーのコーチとして12年間道内各地で少年たちの野球指導に当たってきた。

アカデミーグループ7人の中から選ばれた池田さんは「幅広い世代の皆さまと一緒になって、スポーツを活用した人づくり、町づくりに貢献したい」と抱負を語った。赴任後は足寄スラッガーズ野球少年団、足寄中野球部、足寄高野球部を指導するほか、町民の体力づくり、スポーツ振興などに従事する。

今回の派遣は、足寄町が球団に熱烈ラブコールを送って実現した。歌手・松山千春さんの出身地としても知られる足寄町の人口は7000人。安久津勝彦町長は「田舎の町なので、指導者は学校の先生に頼らざるを得ない。先生も頑張ってくれているし、一般の方もお手伝いしてくれが、限界がある。子供たちが受ける刺激は大きいですし、お年寄りの健康維持や介護にも貢献していただけたら」と期待を寄せる。

浅沼氏がもたらした成功例

元プロ野球選手の赴任を待っていたかのように、足寄高野球部は昨年春、4年ぶりに活動を再開。昨夏は11年秋以来6年ぶりに単独チームとして大会に出場した。

池田さんは「私自身、高校3年間甲子園を目指して頑張った経験は良かったなと感じています。一番大事なのは野球を楽しむこと。そしてスポーツを通じて立派な大人になっていくことですが、勝利を目指してチーム一丸となって頑張るということも同じくらい大切なこと。勝ちを目指して頑張るというところは教えたいなと思います」と話す。06年夏以来白星から遠ざかっているチームをどのように指導していくのか注目される。

成功例はある。現在、紋別市教育委員会に所属している浅沼寿紀元選手だ。旭川南高のエースとして07年春の甲子園に出場した左腕は、池田さんと同じように日本ハムを引退後にアカデミーのコーチを経て、16年4月から紋別で指導。紋別高野球部はこの2年間で支部予選準決勝に3度進出し、全道大会出場も手の届くところまできている。

球団の竹田憲宗球団社長は、浅沼氏のこの2年間の活動についてこう語る。

竹田社長が描く将来の構想

「彼は本当に地道な振興活動を続け、紋別の方たちから信頼を受けています。今まであまり勝利に恵まれていないチームが、勝利の味を噛み締めたり、周りの人に感謝する気持ちを持つようになったり、負けたチームに対して尊敬の念で接することができるようになったり。そういう心の部分で変わったと言われると、うれしいです。

今後も紋別のお役に立つように。もっと言えば、紋別からそのエリアの中で広がっていくようなものになってくれたらいいかなと思っていますし、池田君も足寄でまず基盤をつくって、周りの十勝エリアにいい影響を与えられるようなっていければ」

球団にはほかにもいくつかの市町村から指導者派遣の要望や問い合わせが届いているという。「今後チームの中から北海道に貢献できる優秀な人が卒業して、派遣も広がっていければいいと思っています」と竹田社長は将来の構想を語る。

北海道の公立校から甲子園、そしてプロ入りを果たした道産子2人が広げる地域貢献の新しい形。広い北海道で球団が目指す「スポーツコミュニティーの実現」という重要なミッションを担っている。

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Full-Count 石川加奈子

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