打った瞬間だった。歓喜に沸くベンチにチラッと視線を送ると、右手人指し指を天高く突き上げた。7月19日に西武プリンスドームで行われた埼玉西武戦。井口資仁選手は地鳴りのような歓声を全身に浴びながらゆったりとダイヤモンドを一周した。
0対2とビハインドの6回だった。1死満塁。代わったばかりで制球の定まらない埼玉西武の2番手・大石投手のストレートに狙いを定めていた。2ボールから投じたファーストストライク。144キロの直球を打ち返すと、打球は大きな弧を描き、レフトスタンドに吸い込まれていった。通算13本目の満塁本塁打。41歳7カ月での満塁弾は74年のアルトマン氏の41歳0カ月を抜いて球団最年長での満塁アーチとなった。
「バッティングカウントだったからね。良い形で打てた。打てないときは、どうしても消極的になって球を見がちになる。そうではなくて積極的にいこうと思っていた」
大ベテランならではの読みと経験が生み出す一発はチームを救った。この日までチームは6連敗。7月に入り、投打がかみ合わない状況が続いていた中でお手本とばかりに狙いを定め、積極的に振りにいった。「さすがは井口。あの一打でベンチの雰囲気が変わった。流れが変わった。ベテランらしい一打だった」とベンチで見守る伊東勤監督も絶賛した。
日米合わせて20年目の経験をチームのために惜しみなく伝えている。それはバットだけではない。試合後に指揮官が若手に喝を入れた後、井口選手は申し入れたことがあった。「彼らを食事に誘ってもいいですか」。若手に、心のフォローをしてあげたいというベテランの心配りだった。その意図をすぐに察した伊東監督は「ちょっと、いろいろと話をしてあげてくれ」と快諾した。
「オレも監督と同じように感じていた。若い選手たちが結果を気にし過ぎていて消極的になっているとね。彼らをなんとかしてあげたい。その思いだけ。食事に連れて行くことで、いろいろなことを伝えることができればと思ってね。なにかヒントになるような話ができればと思った」。
もちろん、ロッカーやベンチでアドバイスをすることもある。でも、食事をしながら、じっくりと話をすることが大事だと自身の過去の経験から知っている。だから、若手たちを誘い、食事にでかけることが多い。このときはおいしい牛タンに舌鼓を打ちながら、たわいもない会話もしながら、野球の話をした。じっくりと時間をかけることによって話せることもあるし、普段は遠慮をして質問できない若手を和ませることで自分たちから疑問に思うことを積極的に話してもらえる雰囲気作りを大事にしている。
「若い子たちに成功してほしい。今、彼らに足りないのは引き出しの数かな。自分はそれを増やしてあげる手助けができればと考えている」
井口選手もまた若い頃、同じ経験をした。何度も壁にぶち当たった。そのたびに福岡ダイエーのスター選手であった秋山幸二氏、小久保裕紀氏などに声を掛けられ、食事を共にすることでいろいろな話を聞いて勉強をし、成長をした。そして野球における引き出しを増やし、いろいろな状況に対応できるようになった。その経験があるからこそ、今、若手と一緒に過ごす時間を大切にしている。積極的に話しかけたり、相談に乗ったりする。時には冗談を言って、和ませることもある。
「今の自分の役割はプレーだけではない。このチームは若い選手が多い。自分が教えたり、なにかプレーをする上でのヒントを与えたりすることができればと思っている。それに今の自分が選手の誰よりも監督と年が近いからね」。
今年はベンチで待機し、ここ一番の勝負の場面で出場することも増えた。5月14日の楽天戦(QVCマリン)。途中出場すると延長10回、4時間57分にも及んだ激戦にケリをつける左前へのサヨナラ打を放った。一打に賭ける集中力、駆け引き。今、井口選手は新たなる境地を探求している。
「ベンチで見ていると発見をすることが多い。いろいろと状況を見ながら、いろいろと自分なりに分析したり考えたりする。自分の出番を考えてみたり、相手がどこで投手交代をするのかを想定してみたりする。若手選手のことも見ているよ。結果が出なくてシュンとなって戻ってくる選手とか、明らかに悩んでいると分かる選手。しっかりと人間観察をすると、その辺は分かるようになる。そういうときは、なにげなく声を掛けてあげたり、時にはアドバイスをしたりもする」
頼れるベテランが、若手の多い千葉ロッテにもたらす影響は並大抵のものではない。そんな井口選手にもルーキー時代があった。思えばデビュー試合も満塁本塁打。97年5月3日。第1打席でプロ初ヒットを放ち、迎えた第3打席。2死満塁で、フォークを捉えると打球は広い福岡ドームの左翼席に突き刺さった。デビュー戦でのプロ入り初本塁打が満塁本塁打となる快挙だった。
「実はアメリカでのプロ初本塁打も5月3日。今思うと5月3日は自分にとってすごい縁起のいい日となっている」
新人当時から40歳を超えても現役で活躍することを目標の一つに掲げていた若者は今、チーム最年長選手、そしてプロ野球最年長野手として多くのファンを魅了し、輝きを放ち続けている。ペナントレースは8月に突入する。優勝争いは佳境に入り肉体と精神をすり減らすような日々が続く。その中で背番号「6」がいることは千葉ロッテにとって心強い。踏ん張りどころの真夏。井口選手がそのバットでチームを日本一に導く。
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