走るマリーンズ。新しくチームを率いることになった井口資仁監督が最初に掲げた具体的な方針だ。春季キャンプ前日の1月31日に行われたチームの全体ミーティング。全員で盗塁を増やしていく方針が伝えられた。
井口資仁監督からは選手全員で目指す具体的な数値として140盗塁を通達された。昨年はチームで78盗塁。倍近い、目標設定。140盗塁以上となれば、球団として87年の152盗塁以来、6度目となる。そもそも最近10年で二桁盗塁を記録したのは11年の101盗塁の1回だけだ。それでも指揮官は「ボクの本音では180盗塁かなと思っている」と言葉を続けた。ただ、あえてシーズン143試合で140盗塁。1試合1盗塁ペースという分かりやすい数値を最低目標数として掲げた。
「もっと足で攻めないといけない。今までのマリーンズに対して相手投手陣はほとんどノープレッシャー。投手は全神経をバッターボックスの打者に向けていた。それではダメ。ランナーがいるなら、そのランナーが投手の集中力を削ぐような動きをしないといけない。仕掛けをしないといけない。それで色々な可能性が生まれる。マリーンズは走者を出すと何かをやってくると思わせるだけで違う。投球がワンバウンドしたら走者は必ず次の塁へ向かうぐらいの気持ちでいい」
熱く力強く選手たちに語り掛けた。そして今キャンプには走塁革命の旗手として現役時代に352盗塁を記録した島田誠氏を臨時コーチとして招聘した。監督自身も現役時代に指導を受け、盗塁王を獲得。シンプルかつ的確な指導に定評のある同氏にマリーンズの機動力における脳内改革を託した。そこから徹底した走塁練習がスタートした。
改革は足の速いタイプの選手だけがターゲットではない。プロ入り以来、盗塁を記録した事がない井上晴哉内野手に島田臨時コーチは「年間6個を目標に掲げてみよう。いきなり0個から6個と聞くと難しいかもしれない。しかし月1回と考えればどうだ? 君が6回走ったら、チームは絶対に活気づく。ベンチが盛り上がる。その6盗塁でマリーンズは6勝する。それくらい君の盗塁にはチームに勢いをもたらす価値があると私は思う」と発破をかけた。
井上もまた115キロの巨体を揺さぶりながらキャンプ前半に行われた実戦形式の練習で2度、盗塁を決めた。その激走を見守っていた指揮官は「二塁に行こうという気持ちが素晴らしい。彼が年間に1個、2個盗塁をするチームになればチーム全体では10個、20個は増える結果になっているはず」と満足そうな表情を浮かべた。
同じように様々な選手に具体的な盗塁数の指示を出していった。足の速い選手には50盗塁を期待した。20盗塁をノルマとした選手もいる。島田臨時コーチからも発破をかけられ、少し怖気づいた表情を見せたが、井上と同じように数字を紐解くと納得した。「20盗塁をしろといきなり言われたら確かにビビるかもしれない。でも長いシーズンを考えたら1週間に1個で月4個。6ヶ月で20個だ。どうだ? できそうだろう」。追い詰められていた思考が、発想の転換でイッキに道が開けた。こうして選手たちに盗塁数へのモチベーションを作り上げ、走塁革命への興味を煽り、土台を作り上げていった。
「よく考えてください。プロ野球は打撃で7割失敗しても3割成功すれば一流と言われます。一般の企業の職務で社員が、そのような成功率の仕事をしていたらその会社は間違いなく倒産しますよ。発想を変えるだけで気持ちが楽になります。10割バッターなんていない。自分を追い詰めないで欲しい」
島田臨時コーチの教えはシンプルかつ的確だった。若き日の指揮官も同じようにアドバイスを受けて01年に初めて盗塁王のタイトルに手にした。具体的な目標に向かって挑戦し、最低でも週に1回は盗塁をする。できれば月に5回は盗塁を決める。それが与えられた数字だった。
自宅のカレンダーには盗塁をするたびにシールを貼って、より自覚を持って挑んだ。具体的な目標に向かって進む事で気持ち的な変化が起きた。それと同時に様々な変化も感じる事ができた。投手の配球や特徴。走者として次の塁を狙おうとアンテナを張り巡らせる事で今まで見えなかったいろいろな事を発見することができた。そんな若き日の経験から指揮官は選手に具体的な盗塁の目標値を設定し、次の塁を狙う事に興味を持ってもらう事で、結果的に走塁以外の野球のすべてが好循環する事も知って欲しいと願っている。
「走塁の意識はだいぶ上がっている。だけど、もっともっと上げていきたい。本拠地のZOZOマリンスタジアムは広い。なかなかホームランはない。だから単打を二塁打に。二塁打を三塁打にしていく必要がある。単打を打ったなら隙を見つけて二塁を陥れる。そして次の一打でホームインする。そういう野球を目指していきたい」。
島田臨時コーチは2月10日にチームを離れた。井口監督は走塁練習を様々な角度からチェックをしながら新しいマリーンズに手ごたえを口にした。前年最下位からリーグ優勝した例は15年ヤクルトなど過去7球団。ただ、昨年のロッテは借金33。過去最大借金は50年松竹、76年巨人の29。すなわち2018年のマリーンズは史上最大の下克上に挑むことになる。若き新監督が掲げる機動破壊野球がパ・リーグの台風の目となる。
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