応援とは時に不思議な力を発揮する。
メジャーリーグで応援が大きな力を発揮した場面は数多くあるが、記憶に新しいのが2013年10月1日、ピッツバーグで開催されたナショナル・リーグワイルドカードの一発勝負での試合だ。マウンドに立っていたのは、当時シンシナティ・レッズに所属していたジョニー・クエト投手だ。
試合開始からパイレーツファンはクエト投手の名前を連呼し、マウンド上での動揺を誘っていた。するとクエト投手は、普段難なくこなしている投球に入る前の動作でボールを落としてしまった。明らかに、敵地の応援がクエト投手を動揺させていた。敵地の雰囲気に完全に呑まれてしまい、結局クエト投手は本来の投球を見せることなく4回途中にマウンドを降りた。試合序盤からファンの声援が作り出した雰囲気によりパイレーツは勝利し、プレーオフの次なる戦いへと勝ち進んだ。
米国では「ホームフィールド・アドバンテージ」を生み出すために、ファンがホーム有利となる声援を送って相手チームにとって戦いにくい場とする。特に試合でホームチームが劣勢に立っている場合、ファンは逆転を願って応援をする。それを「ラリー」と呼び、各地では「ラリー○○」と名物応援がいくつか存在するようになった。
一般的なのは、帽子のツバを後ろ向きにしたり、半分を裏返したりと、普段と違う被り方をして応援するラリー・キャップだ。MLBだけではなく、米国スポーツ界全体に浸透しているが、タオルを回した応援スタイルのラリー・タオルもある。
さらにはロサンゼルス・エンゼルス・オブ・アナハイムの本拠地、エンゼル・スタジアム・オブ・アナハイムで有名なのがラリー・モンキーだ。シーズン中のサンフランシスコ・ジャイアンツ戦での逆転劇から浸透し始めたようだが、2002年のワールドシリーズで、その応援スタイルは全米のファンへ届くこととなった。
3勝2敗と王手をかけられていたワールドシリーズ第6戦、7回裏開始時点で5対0という絶体絶命の場面を迎えていたが、ファンが非公式のキャラクターであるサルのぬいぐるみを振り回す応援でチームはその後逆転。勢いを保ったまま、第7戦も勝利して優勝を勝ち取った。
他にもロサンゼルス・ドジャースにはラリー・バナナが存在する。ドジャースが2015年に35イニング連続無得点と不名誉な記録を続けていた時に、キケ・ヘルナンデス選手がベンチで見つけたバナナをたまたま振り回したあとに得点したという逸話がファンにも伝わり、一つの応援としてファンにも浸透していった。
米国ではチームがピンチになった時、そしてチャンスの場面では応援のギアを上げる。緩急をうまく使い分けることで、球場の雰囲気を作り出している。
満塁の場面、米国では「Ducks on the pond(池にいるアヒル)」という言い回しが存在するが、その場面でホーム側が流す音楽は相手にピンチ感を漂わせる。ビッグスクリーンや音楽もチームの一員となるぐらいの演出で球場の応援を盛り上げ、相手を威圧する。まさにホーム全体の総力戦だ。
だがその矛先を審判に向けると痛い目に合うこともある。2012年、シカゴ・カブス傘下であるデイトナ・カブスの試合で球場音楽を担当していたインターンが行き過ぎた演出をして、退場処分を言い渡されたことがある。
試合中いくつか疑問が残る判定が続き、球場では「Three Blind Mice(スリー・ブラインド・マイス)」という歌を流した。その曲名は直訳すると、「三匹の盲目のねずみ」だ。この音楽を審判は侮辱行為と見なし、球場音楽担当が座るプレス席に向かって退場を言い放ったのだ。
米国では行き過ぎるぐらいの演出が時にあるものの、球場に流れる音楽やリズムが雰囲気を作り出し、ホームアドバンテージを生む。そして演出が足りないと感じた時、自然に起こるウェーブやスタンディング・オベーションなど人間味溢れる応援も多く、バラエティー豊かな応援が球場の雰囲気を非日常空間とする。
一方、日本では応援団が先頭となったスタイルが主流だ。パ・リーグでも千葉ロッテマリーンズや北海道日本ハムファイターズの応援は特徴的で、球場を後にしてもついつい口ずさんでしまうほど頭に残るものも多い。特徴的な応援には外国からのファンも外野スタンドの応援に目を奪われることも多いが、7回の風船を飛ばす文化にはついついカメラを向ける外国のファンの方もよく見る。
パ・リーグを代表する応援を誇る千葉ロッテマリーンズは、スポーツの垣根を越えてサッカーのジェフユナイテッド市原・千葉と応援を交換するなど、共に千葉を拠点とするプロスポーツチームが応援を元に交流を深めた。さらにその輪は海外へも広がり、千葉ロッテマリーンズは台湾プロ野球のLamigoモンキーズとの交流試合の際、応援歌の相互利用に関する取り決めを結ぶなど、応援を通じての国際交流を深めた。
メジャーリーグでも、アトランタ・ブレーブスの「トマホークチョップ」など伝統的な応援も存在する。敵チームのスタッフとしてアトランタのターナー・フィールドに足を運んだこともあるが、この応援はピンチの場面で行われると飲み込まれるような雰囲気を生み出す。今後日米でも伝統的な応援スタイルの交流が見られる機会があれば、新たな野球文化の共有につながるかもしれない。
そして最後に球場を華やかな応援で彩る代表格はチアリーダーの存在だ。プロ野球ではチアリーダーの存在は欠かせないが、実はメジャーリーグではチアリーダーが存在するチームの方が少ないのは意外かもしれない。
皆で球場を一体とする応援、相手を威圧するための応援、球場を華やかに彩るための応援などその意味はさまざまだ。日米で比較してもいろんな形の応援スタイルが存在するが、一つ一つが球場の雰囲気を彩るには欠かせないだろう。
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