日本プロ野球選手会は、12月7日に一般社団法人通常総会および組合定期大会を開き、嶋基宏選手会長(楽天)が退任し、組合のトップである第9代選手会長として炭谷銀仁朗選手(埼玉西武)が就任することを発表した。
炭谷新選手会長は「もうすぐ大きな国際大会が3つ(2019年「プレミア12」、2020年東京五輪、2021年「ワールド・ベースボール・クラシック」)控えているので、僕自身ができることを全力で取り組んでいきたい。お話を頂いた時には、そういう役割に選んでもらったと、うれしく思いました。責任は重いですし、やることはたくさんありますが、光栄なことなので引き受けさせていただきました」と笑顔を見せた。
そもそも日本プロ野球選手会とは、東京都地方労働委員会に認定を受けた労働組合であり、プロ野球12球団に所属する日本人選手全て(一部の外国人選手を含む)が会員となっている。プロ野球は日本屈指の人気スポーツでもあるにも関わらず、選手の寿命が短く社会保障も不十分であることなどの問題を受け、主にその地位向上を目的として1985年に発足。選手の地位向上に関する諸問題の対応、全国各地での野球教室や各種チャリティ活動など、公益的な活動に取り組んでいる。
公式ホームページ では、嶋前選手会長が選手会の活動内容について、「自分が現役中に(活動の成果を)享受できる待遇かどうかに関わらず、未来のプロ野球界にとって望ましいかどうか、若い才能が躊躇なく飛び込んでこられる世界であり続けるか」「1年1年勝負を賭けている選手が、最高のプレーを見せることに集中する上での問題点を具体化し、臆することなく主張していく。そして引退後も、プロ野球が魅力に溢れる憧れの場所であり続けるために何をすべきかをも考える」と説明している。
現在は「一般社団法人日本プロ野球選手会」と「労働組合日本プロ野球選手会」が併存。前者は「選手ならではのアイデアや行動力で野球界を活性化させる」ため、野球振興や社会貢献活動を担う。そして、労働者としての選手による組合である後者は、主に雇用者である球団との間での待遇改善交渉を行う。
オリックス・ブルーウェーブと大阪近鉄バファローズの合併構想に端を発する2004年の「球界再編問題」において、当時第5代選手会長だった古田敦也氏が「12球団2リーグ制の維持」を掲げて史上初のストライキを決行した模様は、未だ野球ファンの記憶に生々しく残っていることだろう。
このたび選手会長に就任した炭谷選手は、2005年にドラフト1位で西武に入団した30歳。チームの投手陣からは厚く信頼を寄せられ、日本代表にも幾度となく選出されるなど、球界を代表する捕手として第一線で活躍を続けてきた。また、2015年からは、「公益社団法人 難病の子どもとその家族へ夢を」を通じて、難病と闘う子どもたちとご家族への支援活動を行っている。昨年から埼玉西武の選手会長を務めており、その経験と人望を買われ、9代目の選手会長に任命された。高卒選手としては初の選手会長となるが、大卒より高卒の方が多い選手の立場に立ち、諸問題の対処にあたっていくことが期待されている。
前任の嶋選手は、新井貴浩選手(広島)の後を継いで、2012年に史上最年少、パ・リーグ初の選手会長となる。5年間の任期で、学生資格回復の新制度成立、統一球問題、年棒の事前通知制度など多くの問題に対応してきた。後任の炭谷選手については「いろいろな方向から意見が言える。リーダーシップもあるし、炭谷君なら任せられる」と語った。
嶋選手は選手会の仕事に精力的に取り組み、その手腕を高く評価される一方で、チームの正捕手と主将も務めていたため、心身にかかる負担の大きさを心配されていた。しかし、プロ野球選手の地位を向上させ、野球界が球児たちの目標であり続けるために、選手会が果たす役割はあまりにも大きい。パ・リーグでは2人目、9代目選手会長となった炭谷選手。今後は埼玉西武の捕手としても選手会長としても、野球界の発展に寄与してくれることだろう。
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