簡単には経験できない職業。通訳に求められる能力、そして最も重要な要素とは?

パ・リーグ インサイト 新川諒

2017.10.27(金) 00:00

(C)パ・リーグインサイト
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北海道日本ハムファイターズで通訳5年目を終えた水原一平氏に、より良い通訳になるために、自分が欲しい能力は何かと尋ねてみた。すると、返ってきたのは意外な答えだった。

「自分に足りないのは日本語力」

物心がついた6歳から米国に住み、大学卒業後はそのまま日系企業に就職して、3年間を過ごしてきた。日本での就職経験もなく、日本語に対しての不安を話してくれた。このことについて、水原氏を採用したファイターズ・チーム統轄副本部長の岩本賢一氏に当時のことをうかがった。

「水原にはとてもおだやかな雰囲気があり、自分が完璧でないことを正直に話す謙虚さがありました。しかし、その不足した部分を克服し、通訳という仕事に真剣に挑戦したい気持ちを強く感じました」

水原氏がプロ野球球団で通訳という仕事に就くきっかけとなったのは、北海道日本ハムファイターズが出した通訳の公募だった。

米国で短期間ではあるが、通訳の仕事をする機会を手に入れ、野球界でのキャリアをスタートさせた。だが米国で通訳を務めるのは、どうしても選手の行方にも左右されてしまう。選手の契約が解除されると、すぐさま無職となってしまう可能性とも隣り合わせだ。けれども、水原氏は当時テキサス・レンジャースでトレーナーを務めていた中垣氏(現サンディエゴ・パドレス)からファイターズが通訳を募集していることを聞き、すぐさま応募することを決断した。

水原氏は米国でビジネスの世界に身を置いてから野球界へ転職したことに対し、「とまどいは全くなく、うれしい気持ちでいっぱいだった」と語る。これまでの長い海外生活を生かし、異国で暮らしていく選手たちのサポートに奮闘することを楽しみにした。

ファイターズには岩本賢一氏、さらには当時先輩通訳だった佐藤通訳(現ロサンゼルス・ドジャース通訳)と困ったときにはなんでも聞ける存在が回りにいた。最初は右も左も分からない世界だったが、既にシアトル・マリナーズでも通訳の経験を積んでいた佐藤氏が直接、指導にあたってくれたのも心強かった。

通訳の仕事といえば、ヒーローインタビューやマウンド上での姿を思い浮かべる方が多いかもしれないが、通訳にとって周囲の目に見える仕事は10%にも満たないと、水原氏は言う。

「フィールド外の私生活の方をしっかり抑えないと信頼を得ることはできない」と、シーズン中は自分の時間を犠牲にしてでも選手や、家族を第一に考えることが重要だと語る。自分の時間を惜しまず、選手に捧げるぐらいの気持ちがないと通訳は務まらないのだ。

「外国人選手が活躍したときもそうですが、ファイターズに来て良かったと言ってもらえるのが一番うれしい。とにかく後悔だけはして欲しくないという気持ちを常に持っています」

北海道日本ハムファイターズには通訳経験者が現在も多く所属しており、現在球団代表を務める島田利正氏もキャリアのスタートは通訳だった。当時担当を任されたのは1990年から1994年までファイターズの一員として活躍したマット・ウィンタース氏だ。ファイターズでは通算160本のHRを放ち、オールスターにも2度選出されるなどチームに大きく貢献した。そして今、ウィンタース氏はファイターズの国際スカウトとしてチームに残っている。それは通訳の存在が後悔のない経験を生み出したからこそ、続いている関係ではないだろうか。

「私にとってトシ(当時の通訳。現球団代表の島田氏)は先生であり、セラピストであり、コーチであり、友達だった。彼がいなければ5年間も日本でプレーすることはなかった。言葉を単純に訳すだけではなく、言い回しを汲み取って通訳してくれていたので、私にとっては外交官のような存在でもあった。私は現役時代、そしてスカウトの仕事をするようになってから関わった通訳と人生を通して続く友情を育むこととなった」

自分の通訳を務めた人間が今は球団代表を務めている。通訳経験者が持つ強みについてもこう語ってくれた。

「通訳を経験した者は球団に多くをもたらす。独創的な発想を持つことの大切さを学ぶ仕事であり、常に早急な判断力が必要とされる」

プロ野球界での通訳の仕事は特殊な人間だけしか得ることのできないポジションではなくなった。最低限の語学力はもちろん必要となるが、水原氏が自らの足りない面を語ってくれたように、必ずしも“完璧”な人材である必要がない。選手たちを支える気持ちを持っている者こそが良い通訳として育っていけるのではないだろうか。特に北海道にはそんな舞台が用意されている。

私も米国球団で5年間通訳をさせていただいたのだが、今思えば本当に選手達には迷惑ばかり掛けてきた。その中で育てられ、自分に足りない面を補っていく挑戦を続けてきた。プロスポーツの現場で選手との関係を築き、自らも成長できるという仕事は早々ないはずだ。そういった機会を手に入れるチャンスが今は手が届く場所に多く存在している。現在、北海道日本ハムファイターズでも英語通訳を募集している。完璧でなくて良い、欠点を補う意欲を持っている者はかけがえのない経験をつかめるはずだ。

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パ・リーグ インサイト 新川諒

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