【侍ジャパン】宇田川優希は「野球で食っていくという気概が伝わらない選手でした」大学時代のコーチが明かす

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2023.3.2(木) 05:30

バント守備の練習でボールを追う宇田川

 8日開幕の第5回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)代表選手にエールを送る第5回は、オリックス・宇田川優希投手(24)が在籍していた仙台大で投手を担当する坪井俊樹コーチ(36)。世界の舞台で本気の姿を見たいと、厳しくも温かい激励を送った。(取材・構成=有吉 広紀)

 潜在能力は抜群。だが当の本人がそのことに気付いていなかった。大学4年間を通じ、坪井コーチは宇田川に対してこんな印象を常に抱いていた。

 「絶対プロでやりたいとか、大学を出てからも野球で食っていく、という気概がなかなか伝わらない選手でした。こちらの期待度は大きいので、そのギャップは今までで1番大きかったです。こんなパターン、なかなかないんですよ。プロになりたいと言って、そこまで(実力を)押し上げてあげようという手伝いはいくらでもできるんですけど、引き上げるというか、そういう感覚でした。ちゃんと見ておかないとダメで、あんなに手のかかる選手もいませんでした」

 性格は、良く言えばマイペース。周囲に触発されて、という感じはなく、伸び伸びと力をつけていった。

 「(大学の)日本代表合宿に行っても、目立たないようにしよう、という感じでしたから。環境で変わる子ではないです。(4年時は)投手のリーダーや副主将もさせていましたけど、結局周りがサポートしていました。自分から教えてもらおうということも少なかったので、こちらから声をかけていた。でもそこは、(自主性を重んじながら指導する)うちのコーチングのスタンスに合いました」

 メンタル的にはまだ未熟だった大学時代。だがプレーでは他とは違うものを見せていた。

 「まずキャッチボールの技術が違った。踏み出す足の(地面に)接地したときの上体の残り方は、すごいなと。それまでの指導でちゃんとされてきたところだったんじゃないかと思います。それにプラスしてフィジカルの部分でも強さがありました」

 今や彼の代名詞でもある、落差のあるフォークは大学で身に付けたものだった。

 「(投げ始めたのは)たぶん2年生からです。真っすぐとスライダーだけで十分だったけど、その先を見据えて覚えた。(投げ方など)彼には合ったんだと思います。あれだけ腕を振れるフォークはないでしょうし、いいバッターでも(初見で)100%捉えるのは難しいと思います」

 昨年7月に支配下登録。その後は中継ぎで力投し、日本一に貢献した。先月の強化試合では自己最速の160キロを計測。急成長をみせるが、坪井コーチは“本気”の宇田川を見たいと期待する。

 「160キロも当たり前のように超えるだろう、という力は持っていましたから。これからは、あのくらいはできるという考えで使ってもらうと思うので、その期待に応えないといけない。野球に対する取り組み、先のことを自覚して行動すれば、さらにレベルアップできる。WBCという舞台に引き上げてもらったわけですから、ここからは彼次第。まだまだ未知数です」

 ◆坪井 俊樹(つぼい・としき)1986年7月7日、兵庫・西脇市生まれ。36歳。西脇南中から社(やしろ)高へ進み、3年春にセンバツ4強。筑波大では2年秋に20季ぶりの優勝に貢献、4年時に大学日本代表。08ドラフト4位でロッテ入団、11年に現役引退。14年に筑波大コーチ、15年から仙台大コーチを務める。左投左打。現役時のポジションは投手。

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