大学2年の時にサードからセカンドにコンバートをした。当時の中村奨吾内野手がそれを受けて真っ先に考えたのは誰を目標にしながら練習をしていこうかということだった。セカンドで右バッター。すぐに千葉ロッテマリーンズの井口資仁内野手の名前が思い浮かんだ。動画を探しては打撃フォームや守備を研究した。書店に足を運んで著書も買った。そして少しずつセカンドの選手として成長をしていった。頭の中にはいつも井口の映像があった。世の中とは不思議なものだ。2014年10月23日に開かれたドラフト会議で中村はドラフト1位で憧れの選手のいる千葉ロッテマリーンズに指名を受けた。
「井口さんのような選手になりたい。大学時代から、ずっと憧れて参考にさせてもらっていました。それが今は一緒に野球をやっている。夢みたいなことです。ただ、最初は憧れすぎて近づくことができなかった。色々な話を聞いてみたかったけど、自分とはレベルが違い過ぎて失礼だろうなあと思っていた」
そんな中村を大先輩は注目をして気にかけてくれていた。昨年4月。京セラドーム大阪での試合後に中村ら若手選手が集められ伊東勤監督から叱責をうけた。消極的にプレーをしている姿を指摘された。その翌日、井口は指揮官に申し入れた。「彼らを食事に誘ってもいいですか」。若手に心のフォローをしてあげたいというベテランの心配りだった。その意図をすぐに察した伊東監督は「ちょっと、いろいろと話をしてあげてくれ」と快諾した。
「監督と同じように感じていた部分もあったしね。彼らをなんとかしてあげたいという思いがあった。食事に連れて行く事で、いろいろな事を伝える事ができればと思ってね。なにかヒントになるような話ができればと思った」。当時の事を井口はそう振り返る。
もちろん、ロッカーやベンチでアドバイスをすることもできる。でも、その時は食事をしながら、じっくりと話をすることが大事だと感じた。だから、若手たちを連れて食事にでかけた。たわいもない会話もしながら、野球の話をする。じっくりと時間をかけて話せることもあるし、普段は遠慮をして質問ができない若手を和ませることで自分たちから疑問に感じている事を積極的に聞ける状況を作ってあげた。
「若い子たちに成功して欲しいといつも思っている。今、彼らに足りないのは引き出しの数かな。自分はそれを増やしてあげる手助けができればと考えている」
井口もまた若い頃、同じ経験をした。何度も壁にぶち当たった。そのたびにホークスのスター選手であった秋山幸二氏、小久保裕紀氏ら先輩選手たちに声をかけられ、食事を共にすることでいろいろな話を聞いて勉強をし、成長をした。そして野球の引き出しを増やし、いろいろな状況に対応できるようになった。その経験があるからこそ、若手と一緒に過ごす時間を大切にしたかった。
誘っていただいてビックリしました。でも、いろいろな話を聞きました。野球の話から普通の話まで。自分の事をいろいろと見てくれているのだという事を感じた。それが嬉しかったし、自分も期待に応えないといけないと思いました」
中村は当時をそう言って懐かしむ。あれからよく声をかけられ、食事に連れて行ってもらう機会も増えた。そのたびにいろいろな考え方を吸収し、自分の引き出しを増やしていった。打撃では「タイミングが大事だ」と教えてもらい実践をした。「一番はタイミング。もっと早くタイミングをとった方がいい」と打撃に悩むたびに囁いてくれた。
今シーズン、中村は前半戦、思うような結果を出すことができなかったが、徐々に持ち前の長打力でチームに貢献をするようになった。そして憧れの井口は6月に今季限りでの現役引退を表明。共にプレーできる時間は残り少なくなってしまった。
「打撃練習を見ていても42歳の打球には見えない。どんな打球にも一塁へ凄い動きで全力疾走をしている。野球人として、人間として尊敬をしている。もっともっと一緒に野球をやって見習いたかった」
プロで3シーズン目を戦っている中村にとって憧れの存在は、まだかすかにも見えない遠い存在だ。9月24日、ZOZOマリンスタジアムでの背番号「6」の引退試合まで残された時間はわずか。期待をかけてもらい、アドバイスをもらった大先輩に成長をした姿をみせるべくバットを握る。
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