過去最多はシンカーが代名詞のあの投手。今年の埼玉西武の胴上げ投手は誰になる?

パ・リーグ インサイト 吉田貴

2018.9.29(土) 10:14

埼玉西武ライオンズ(C)PLM
埼玉西武ライオンズ(C)PLM

 9月28日、福岡ソフトバンクを破り優勝マジックを1とした埼玉西武は、前身球団を含め1950年から21回にわたってリーグ優勝を経験している。ここでは、パ・リーグの強豪として長い歴史を持つ埼玉西武の1シーズン制となった1983年以降の優勝決定戦において、最後のマウンドに上がった「胴上げ投手」について見ていく。

西武ライオンズ 第一次黄金期~

1983年 森繁和
1985年 東尾修 

 1978年から所沢に本拠地を移した西武は、広岡監督のもと82年から85年にかけて3度のリーグ制覇を果たす。1983年の胴上げ投手である森氏は現中日監督だ。優勝決定試合では2イニングスを投げて自責1、1点差に迫られながら最後を締めた。西武の初代エース・東尾氏は、1985年に先発の松沼博久氏からバトンを受けた。西武の監督としても1997年、1998年と2度胴上げされている。

西武ライオンズ 第二次黄金期~

1986年 工藤公康
1987年 渡辺久信
1988年 なし
1990年 潮崎哲也
1991年 鹿取義隆
1992年 潮崎哲也
1993年 潮崎哲也
1994年 石井丈裕
1997年 胴上げ投手なし
1998年 橋本武広

 森監督のもと1986年から9年間で8度のリーグ優勝。1986年の工藤氏は先発として1人で投げ切り、ロッテを完封した。1987年の渡辺氏は先発の東尾氏の後を受け、7回から登板。最終回に近鉄のオグリビー氏に2ランを浴びたが、近鉄の吹石徳一氏を打ち取って試合を終わらせた。工藤氏と渡辺氏の2人は当時の左右のエースで、工藤氏は福岡ソフトバンクの監督としても、渡辺氏は埼玉西武の監督としても胴上げを経験している。

 1988年はいまだに語り継がれている「10.19」にて、近鉄がダブルヘッダーの第2試合に引き分けたことで、西武の優勝が決定した。伝家の宝刀・シンカーを武器に、1990年、92年、93年と3度の胴上げ投手となった潮崎氏は、現在ファーム監督として若獅子の育成に力を注いでいる。1997年は鈴木健氏のサヨナラ弾で、優勝を決めた。

2000年代~

2002年 胴上げ投手なし
2004年 石井貴
2008年 胴上げ投手なし

 2000年代は胴上げ投手が1人のみ。2004年はレギュラーシーズンでは2位だったが、当時はプレーオフを制したチームを優勝としており、第2ステージで福岡ダイエーを破り、2年ぶりに優勝。決定試合の先発は現中日の松坂大投手だった。同点で迎えた延長10回表、犬伏稔昌氏が決勝の犠飛。その裏を石井貴氏が締めた。02年、08年は他球団の結果により優勝が決定している。

 2000年代以降の胴上げ投手を見ると分かるように、2008年に埼玉西武ライオンズとなってから初めての胴上げ投手が、今季誕生する可能性がある。先発が完投するのか、救援陣なら守護神・ヒース投手が筆頭となるだろうか。多くの功労者たちが経験した大役を果たすのは誰になるか、今から大きな注目が集まる。

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パ・リーグ インサイト 吉田貴

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