四死球を止めるのはメンタルタフネスしかない
不用意な与四死球や押し出しほど、明暗がはっきりするものはない。攻撃側は労せず進塁したり得点を挙げ、当然、守備側の落胆は大きい。トップ・オブ・プロ、最高峰のプロ野球でもよく見かける風景。意図しない与四死球は、なぜ起こってしまうのだろうか。
「MLBにはコントロールが粗い投手もいる。今もそうだろうけど、四球を出し始めると止まらなくなるような投手もいましたね。長く野球をやっていると四死球や押し出しを出すこともある。押し出しは技術的なことも、もちろんある。だけど任されてマウンド上に上がっているからにはそういうことは言ってられない。普段はもちろん、技術的に乱れている時こそある意味の開き直り、というかそういうものも必要な気がする」
日本人初のメジャーリーガー、マッシーこと村上雅則氏。64-65年にMLB通算5勝9セーブ。NPBでも18年間で103勝30セーブを記録した。
「アメリカでやった時に痛感させられたのは、日本人ということで、どうしても下に見てくる。また中南米系は、生き残ろう、と思ってハングリー精神がすさまじい。打席で笑いながら挑発してきたり、逆に睨んで威嚇してきたり。そういう選手ばかりだから、そこで引いてしまうと付け込まれる。精神論ばかりは好きではないけど、マウンド上でメンタルの強さは絶対に必要。それはいつでもどこでも変わらないんじゃないのかな。特に満塁というピンチでは重要だと思う」
技術の向上はもちろんであるが、それを支えるメンタルタフネス。村上氏は日米の経験から、四死球を止めるコツを語ってくれた。
ドラマチックな「押し出し」を何度も経験した鷹・五十嵐
「押し出し」と聞いて名前が上がるのは福岡ソフトバンク五十嵐亮太。
いろいろな意味で伝説となったのは2014年9月25日、東北楽天戦。7回表、6-4の2点リード、1死一、二塁でマウンドに上がった五十嵐は3連続四球で逆転を許し、その後も2四球を与える。結局、この日、五十嵐は1/3回41球を投げて押し出しだけで4点を献上した。
そして16年7月30日の北海道日本ハム戦。9回1死で登板したが2四球の後、死球でサヨナラ押し出し。記憶に新しい18年7月27日の東北楽天戦は福岡ソフトバンク投手陣が10死四球を出す大乱調。試合を決めたのは、7回に出した五十嵐の押し出し四球であった。
最年長としてチームを引っ張っているが、同時にいろいろな意味でドラマチックな試合を演出してきた。
「覚えていますよ、忘れるわけがない。でもその日の原因が何だったのかを断定できることはできないと思う。いろいろな要因が絡んでいることもあるし……。でも僕がマウンドに上がるのは、チームの勝ちがかかっている場面だから……。何を言っても言い訳になってしまう」
「押し出しだけじゃなく、四球や死球を出してしまう原因は、技術、メンタルの両方ともある。マウンド上でいきなり球がばらついて、ストライクが入らなくなることがある。こういう時は技術的に問題がある。バランスが崩れていたり、力が入ってしまったり。いつも投げているのとは違った部分があるからそうなる。それに故障の前兆の場合もあるから、そういう時は特に注意が必要」
「メンタルの場合もある。でもそういう時には、だいたい追い込まれていることが多い。自信がある球を投げても打ち取れない。これで打ち取れる、と思って自信を持って投げてもファウルなどで逃げられる。そうするとどうしてもストライクゾーンから外に投げるようになってしまう。次第にカウントが悪くなって四球になってしまう」
思い出したくない過去であるが、四死球を出す際の様子を振り返ってくれた。
ストライクゾーンの使い方を挙げたのは、オリックス鈴木郁洋バッテリーコーチ。中日、近鉄、オリックスと捕手をやってきた鈴木曰く、リーグによる配球の違いも存在し、それによって四球や死球が多くなってしまう投手も存在するという。
「どっちが良いというわけではなく、セ・リーグとパ・リーグは配球が少し異なる。僕の印象では、セ・リーグはストライクゾーンの中でどんどん勝負する。パ・リーグはその逆というのかな。セ・リーグの打者はゾーン内は確実に打ってくる。だから必然的にボール球を使うようになる。逆にパ・リーグの打者はゾーンの外を打つのが巧い打者も多いから、思い切ってゾーン内での勝負が増える傾向にある」
「よくパ・リーグは真っ向勝負というけど、力と力の勝負ということだけではない。ゾーンの外を打たれてしまうから、ゾーンの中に力のある球を投げないと打ち取れなくなってしまう場合も多い。逆にセ・リーグはゾーンの外へ落としたりする変化球などを巧く使わないと打ち取れないことも多い。その辺のイメージがあるのでしょう」
「もちろん良い打者というのはゾーンもコースも関係ない。例えばイチローがオリックス時代にワンバウンドをヒットした。あれなんて極端だけど良い例ですよね。まあ、ゾーンの外もうまく拾われて、ゾーンの中も打ち返されたら抑えようがないですけどね」
ベテランでも球場の雰囲気に飲み込まれてしまうことも
五十嵐の場合、ヤクルト時代の1試合換算した場合の与四死球数は、10年間で4.1個(570.0回を投げて258個の四死球)。同様に福岡ソフトバンク時代が5年間で3.8個(233.2回を投げて99個の四死球、17年まで)。MLB時代は3年間で6.8個(73.0回を投げて55個の四死球)。単純比較はできないが、、セ、パ両リーグではそこまで変わらないが、MLB時代はかなり増えているのがわかる。圧倒的なパワーを誇るメジャーの打者に対して、ゾーン外での勝負が多かった結果であることが予想できる。
五十嵐は現役でも最年長の部類に入ってきた。ブルペンを任され、日米で多くの修羅場をくぐり抜け経験を重ねてきている。それにもかかわらず、球場の空気感に飲みこまれてしまうことがあるという。
「マウンド上では球場の雰囲気がビリビリと伝わる。そういうものに流されてしまうこともある。ピンチ、特に満塁の場面で、押し出しはやめろよ、というのは感じる。スタンドの声はよく聞こえますしね。そうすると意識していないようで、無意識に考えてしまって四死球を出してしまうこともある。そういうのがないように普段からトレーニングしているんですけどね……」
「本当はマウンド上では無の状態が良いとは思う。ゾーン、ではないけど、何があっても動じなくて、自分の世界に入っている状態。でも難しいんですよ。例えば、ピンチの時に声援で励まされることも多い。アドレナリンが出るのを感じる。常に自分の世界で冷静にいるのか。その都度、周囲の期待をしっかり受け止めるか。どっちが良いのかは、いまだに答えが出ないですね」
ひとりぼっち、まさに孤独な場所である。「常にテレビに映るだけあってシンドイ仕事ですよ」とかつて語っていた人もいた。まもなくプロ20年目になる大ベテランでも、未だにコントロール不能に陥ってしまうほどの場所。それがマウンドである。
試合が壊れるのは四死球が絡むことも多い。それが原因でワンサイドや勝敗が決した場合ほど、見ていて納得できない展開はない。しかしマウンド上の投手は見ている側からは想像できないほどの大きなものとも戦っている。今、どういう心理状況でいるのだろうか。それらを想像するだけでも、投手の見方が楽しくなってくるだろう。
記事提供: