特別な思いで開幕を迎える男がいる。内竜也投手、30歳。プロ13年目を迎える今シーズン、10年ぶり2度目の開幕メンバー入りを果たそうとしている。6年連続8度の手術を乗り越えての開幕。久しぶりの順調なスタートに、高ぶる気持ちが全身からみなぎる。
「プロ野球選手にとって開幕は特別ですよ。開幕独特の雰囲気がある。こんなに長いこと、この世界にいるのにボクは一度しか経験はしていませんが、その雰囲気が好き。2006年以来ですね。この場に立てる幸せを感じながら、しっかりと仕事を果たしたい」
その表情には充実感がみなぎる。春季キャンプの一軍参加も実に2010年以来6年ぶりだった。当時はオープン戦で結果を残せず、開幕一軍から漏れた。その後、シーズン中に手術。クライマックスシリーズ前に復帰し、ポストシーズンで鬼神の働きを見せ、その名は一躍、野球ファンの知るところとなった。
だが好事魔多し。その直後に待っていたのは右足首の手術。肘、肩、足首、さらに盲腸。昨年まで6年連続での手術によるリタイヤ。治れば、また手術の辛く苦しい日々が待っていた。そんな不運の連続にも気持ちを切らすことなく、いつも前を向いた。持ち前の負けん気から、あえて弱音を吐かなかった。時には強がり、自分を信じ、どんな時もプラス思考でひたすらリハビリを重ねる背中があった。
「もちろん悔しいし、辛かった。でも、いつも自分の中で絶対に落ち込まず、どんな時も前を向こうと思っていました。手術をするからには絶対に手術をする前の自分より、少しでも良い状態でマウンドに戻ってやろうと。『アイツ、もう終わったなあ』と言っている人たちに、今に見ていろよと思いながら日々、取り組みました。ずっと、強い気持ちを持つことを意識していました」
辛い思いを重ね、我慢をしながら今のポジションに到達した。だからこそ人の心の痛みを誰よりも感じることが出来る。昨年9月23日の楽天戦(QVCマリン)。ストッパーの西野勇士投手が投球時に左足に打球を当て、亀裂骨折。登録抹消となり、その後のシーズンを棒に振った。昨シーズン、セーブシチュエーションでの失敗はゼロ。絶対的な安定感がチームをクライマックスシリーズへと導いた。しかし、その立役者は華やかな舞台を目前に控え、予期せぬアクシデントで姿を消した。計り知れぬ無念さ。同じようにプレッシャーのかかる場面で登板を重ねてきた内らセットアッパー陣は仲間を想い、マウンドに上がった。
「アイツのユニホームをクライマックスシリーズに持って行こう! そして日本シリーズ進出が決まった時にはスタンドに向かって、そのユニホームを目立つように掲げよう」
中継ぎ陣の間で自然発生的に出たアイデアだった。そしてその中心の一人として内は燃えた。「一番悔しいのはアイツ。その気持ちはたくさんの怪我をしてきた自分には痛いほど分かる。だから、せめてユニホームだけでも遠征に持って行って、一緒に戦おうと思った。日本シリーズまで行ったら復帰できると聞いていたので、アイツのために勝とうと思っていた」。みんなが同じ思いだった。西野のロッカーからビジターユニホームを1着持ち出すと、球団にお願いをして遠征用のトラックの中に詰め込んだ。一年間、一緒に戦ってきた仲間として、それぞれで誓い合って札幌、福岡と続くクライマックスシリーズの戦いへと向かった。
札幌で勝利したものの志半ば、福岡で敗れ、マリーンズの2015年は終わった。それでもセットアッパー陣の気持ちは西野に通じた。そして今季、パ・リーグ最強のリリーフ陣、抑えのラインナップとして万全、最高の状態で開幕を迎えようとしている。
「ここまで毎年のように怪我をして、いつ野球人生が終わっていてもおかしくはなかった。だから、失うものはないと思っています。いつだって、最後のつもりで、全力で投げたいと思います。悔いを残さないように燃える。怪我を恐れるような投球だけはしたくはない。いつだって全力。毎日、試合後に倒れ込むぐらい全身全霊の投球を見せたいです」
開幕を目前に控えたロッカールーム。熱い気持ちを抑えきれない内は、まくしたてるように今季にかける決意を語った。王ジャパンによる第1回WBC(ワールド・ベースボール・クラシック)優勝に沸いた直後に行われた2006年の福岡でのホークスとの開幕戦。20歳の若者は2番手として七回から登板をすると1回を被安打2、1四球、2失点。緊張の中、無我夢中で投げたが、ほろ苦い思い出しか残っていない。
あれから長い月日が流れた。そして今年、内はその時以来の開幕の舞台に立つ。「調子、状態はいいです。楽しみです!」。2016年、3月25日、QVCマリンフィールド、対北海道日本ハム戦。スタンドは超満員に膨れ上がる。今、この舞台に立てることを誰よりも感謝しながら、そして味わいながら内は13年目のシーズンを一軍で迎える。
マリーンズ球団広報 梶原紀章
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