データが野球界にもたらすもの

パ・リーグ インサイト 新川諒

2016.3.23(水) 00:00

 マイケル・ルイス氏のノンフィクション書籍「マネーボール」をきっかけに、野球界ではデータの価値が大きく変わった。ブラッド・ピット主演で2011年に映画化もされ、実在するオークランド・アスレチックスのGMビリー・ビーンがチーム編成に用いた「セイバーメトリクス(選手の評価をデータで分析する手法)」が世間にも広まった。

 チームを構成していく上でデータは欠かせず、編成の考え方も大きく変わっていった。従来の打率や防御率など、投打の選手を計る物差しとして、野球と数字は以前から切っても切れない関係だったが、さらなる数値で選手が評価されるようになった。WHIP(投球回あたり与四球・投被安打数合計)やOPS(出塁率と長打率を足し合わせた数値)といった用語も、今や球界では主流となってきている。

 データはグラウンド内での戦術や選手起用への影響は絶大なるものとなったが、グラウンド外 のビジネス面、そしてメディアの側面からもデータを活用することで視聴者の野球の見方に変化をもたらしている。


【データが「スカウティング」に及ぼす変化とは?】

 映画「マネーボール」では、従来のスカウティング、そしてセイバーメトリクスの二つの側面が対立する場面も映し出されていたが、最近では球団のトップの考え方により、二つの比率は異なっているように思える。現地でもスカウトが職を失っているという報道を最近よく目にするが、個人的な見解としては、完全に排除されることはないだろう。日米の現場へ行くと必ずと言っていいぐらい、バックネット裏周辺には各球団のスカウトたちがノートパソコンや球速を計測するスピードガンを手に、スカウティングをしている。

 次の対戦カードに備えて、前乗りスカウトが事前に対戦相手の状態や個々の傾向を分析する。自らの目、そして数値によるデータで得た情報の両方を織り交ぜてレポートにまとめ、自軍の選手に渡される。通訳としてそのレポートを翻訳するのも、仕事の1つ。チームミーティングの際には前乗りスカウトが進行する場合も多く、彼らは表舞台に出てくることは少ないものの、チームの勝敗に大きく関わってくる貴重な存在だ。

 試合中でもデータが活用される割合は指揮官にもよるが、代打を送る場面、投手交代のタイミング、そして守備のシフトを敷く際に活用されることが多い。たまに試合中継で監督が壁に貼ってある白い紙やフォルダに目を通している時は数字を確認していることが多いだろう。チームの編成を任された人間に統計学や数字を専門とする人材が増えていき、今後さらに戦術や選手起用にもデータは影響をもたらす。打率や防御率だけではない、それ以外で選手を評価する物差しが今後さらに増すはずだ。


【グラウンド外にも波及するデータ】

 グラウンド内で、データは指揮官の采配や選手起用に1つの物差しを提供する。一方では、グラウンド外でも新たな企画や取り組みをする上で、ヒントを与えてくれるのもデータだろう。

 球場に足を運ぶファンの男女比率や年齢をデータとして集計し、今後の球団戦略に各球団が生かしている。ファン層を分析することでターゲットを絞り、女性や子供ファン獲得に向けた特定のイベントを開催することで、ファン層の拡大を図っているのだ。

 新たなるファン層拡大へ、埼玉西武ライオンズは早稲田大学との共同研究で高齢者施策としてスポーツ観戦の導入を検討している。貴重なデータを蓄積することによって、球団にとっては新たなファン層の開拓、そして高齢化社会が急速に進む国にとってもスポーツが新たな解決策となるか期待したいところだ。

 またチケットの販売方法にもデータは活用されている。需要と供給のバランスによって価格を決める「ダイナミックプライシング」をメジャーリーグ球団の多くが取り入れている。対戦相手、その日の天候、試合開催の曜日などの条件によって、チケットの販売価格を変動させ、売り出しているのだ。パ・リーグでもすでに、東北楽天ゴールデンイーグルスや福岡ソフトバンクホークスが取り入れている。

 そしてプロスポーツ球団に欠かせないのはファンクラブ。チームに愛着を持ってもらい、「公式」ファンへ任命する目的もあるが、ファンのデータ蓄積の要素も担っている。さらにはクラブ会員限定のポイントサービスを作り出すことによってファンの販売促進を促し、さまざまなデータ取得を目指す。CRM(顧客管理データベースのシステム)を入れて、ファンの情報をしっかり球団として自分たちのものにしていくことは、少子化が進む日本ではさらに重要性が増していくはずだ。


【データは「観戦」も変える?】

 データはスタジアム内だけでなく、画面を通してファンに新たな野球の楽しみ方も提供し始めている。2015年にはメジャーリーグ専門チャンネル「MLBネットワーク」が「スタットキャスト」という専門分野を設立し、もともとデータが豊富だったスポーツに新たな見方を加えてくれた。

 打者のコンタクト時の球速、打った打球の角度からボールの滞空時間や飛距離などが数値化されるようになり、そして投手のマウンド上でのプレートからリリースポイントの距離を計測することで、実際に打者が体感する球速も知ることができるようになった。守備に関しても、外野手がフライを捕るのに最短ルートを通れたのかどうかなどを計ることができ、より選手の能力をテレビ越しで理解することができるようになっている。

「スタットキャスト」は見る側だけでなく、球団のフロントにも影響を与え、今後選手に対する評価も変わってくるだろう。すでにMLB公式サイトでも「スタットキャスト・リーダーボード」と題して、我々が今まで慣れ親しんだ打率や防御率の上位ランキング以外に、HR飛距離や球速の順位も随時見られるようになっている。

 生身の人間がすることを数値化することは賛否両論があるかもしれないが、データで分析することは選手の評価を下すにしても、球場でどんな企画をするにしても、1つの物差しとなる。数字を見ることにより知る部分もあるが、数字以外から読み取れる要素も数多くある。この二つのバランスをうまく保っていくことで、今後も新たな可能性が多く秘めているのではないだろうか。

記事提供:

パ・リーグ インサイト 新川諒

この記事をシェア

  • X
  • Facebook
  • LINE