自然と背筋が伸びた。昨年12月。加藤翔平外野手は都内で結婚披露宴を行った。主賓挨拶はかねてより伊東勤監督にお願いをしていた。壇上に上がり、スピーチが始まると汗がとまらなくなった。指揮官の言葉を脳裏で何度も反芻した。
「もっと柔らかくなって欲しい。柔軟に物事に取り組んでくれたらと思います。体も柔らかさが欲しいですね。今、巷には体を柔らかくするベストセラー本なども出ていますので、ぜひ買って読んでください」
柔らかくあれ。指揮官は披露宴のスピーチというお祝いの場で、あえて簡潔にユーモアも交えながら背番号「65」の課題を口にした。ゆっくりと丁寧に加藤の目を見ながら話しかけるように熱く想いを伝えた。メッセージは考え方の部分と、肉体的な部分の両方を指していた。プロ初出場試合でのプロ初打席の初球を本塁打にするという衝撃的で華やかなデビューを飾りながらも、その後はどこか伸び悩む若者の姿を指揮官は歯がゆく思っていた。そして、メッセージを受け取った加藤もまた、その言葉の意味をハッキリと理解した。結婚式で突きつけられたメッセージを胸に刻んだ。
「本当にありがたかったです。期待をしていただいているからこそ、そういう風に叱咤激励をしていただいたと思っています。期待に応えられるよう、いや期待以上の結果を出さないといけないと強く決意しました」
結婚式の翌日、さっそく本屋に足を運んだ。まずは体を柔らかくする本を買い込み、読み漁った。ストレッチ用のマットも購入し、実践した。人並み外れた身体能力と肉体を持ちながらも、関節などが硬い事は小さい時からの課題だった。それはアマチュア時代からも何度も指摘されていたが、なかなか克服できずにここまできた。プロ5年目、指揮官の檄を大きなターニングポイントにしないといけないと肉体改造に取り組んだ。
「体もそうですが、おっしゃるように考え方も硬かったです。もっと、いろいろと考え方を聞いて、良いものを吸収しないといけないと思う。自分のダメな部分をしっかりと見つめ直して、それをどのように補っていくかも考えないといけない。気持ちの切り替えも大事。この世界、頭が硬いと成功はできないと思います。今年はとにかく、体も頭も柔軟に取り組む。監督のメッセージをいただき、そう決めました」
石垣島春季キャンプではいつも以上に声を出し、ハツラツと練習に取り組む加藤の姿がある。全体練習が終わってからの個別練習でも様々な練習方法を試し、取り入れ、取り組んでいる。良いと思ったものがあれば積極的に取り入れる。柔軟な発想のもと、自分を成長させようと努力する姿勢が見える。そして、自室に戻ると入念にストレッチをする。暇を見つけては体をほぐす。柔軟に関する本もいろいろと読んだが、中でも気に入ったのは開脚メソッドの本。プログラムに基づいて、様々なストレッチに取り組んでいる。その姿を指揮官は嬉しそうに見つめる。
「この世界、一流になるか、一流半に終わるかはちょっとした違いが大きかったりする。それはちょっとした考え方であり、ちょっとした取り組み方の違いでもある。そういうのを少しでも伝える事ができればと思っていた」
石垣島春季キャンプは最終クールに入った。指揮官は全体的に仕上がりの良さに満足し、またスピーチをキッカケに加藤の目の色が変わったことが嬉しくもある。その才能と高く評価しているからこそ、結婚式という場であえて伝えた。柔らかくあれ。野球への取り組み方とその身体能力に柔軟性が身につけば、加藤はトッププレーヤーに上り詰める可能性が十分にある。2017年シーズンは、その大きなチャンスだ。
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