ダイジェスト動画の視聴時間を、ユーザー側で自由に設定するために
日ごろから野球の試合を視聴している方なら、5回裏終了時や試合終了後に流れるハイライトを目にすることはよくあるはずだ。得点シーンやファインプレー、注目選手の投球や打席といった、ファンの需要を満たす要素を盛り込み、3~5分程度にまとめるダイジェスト動画は、試合を見逃したファンにとっては非常にありがたいものだ。
事実、「パーソル パ・リーグTV」におけるダイジェスト動画の視聴者数は、試合全体を放送するライブ中継よりも多くなっている。しかし、これまでダイジェスト映像の内容は配信メディアが見せたいものを中心に編集されており、動画時間も配信側が決めていた。通勤時間が10分の人は10分で、1駅の人は2分で……と、個々のユーザーに合わせた視聴時間を設定できれば、視聴者数のさらなる増加につながる可能性も高いのではないだろうか。
そこで、「パーソル パ・リーグTV」を運営するパシフィックリーグマーケティング株式会社は、東京大学大学院工学系研究科電気系工学専攻矢谷研究室(インタラクティブ・インテリジェント・システム・ラボ)とタッグを組み、ダイジェスト動画の時間を視聴者側が自由に設定できるシステムの共同研究を開始した。
今回は、このプロジェクトを担当する、東京大学大学院工学系研究科電気系工学専攻・准教授の矢谷浩司氏に対して行ったインタビューに基づき、今回の研究の目的や展望について紹介していきたい。
AIによって、人間が手間をかけるべきことにもっと時間を使えるように
矢谷氏の専門は“ヒューマン・コンピュータ・インタラクション”。「人とコンピュータの関わり方」を研究する分野だ。「技術でできることを人に還元する、人が思っていることと、技術ができることの間のギャップをどうやって埋めるか」というテーマに取り組む矢谷氏は、自身の研究領域について次のように説明している。
「人がやらなくてもいいことをできる限りシステムや技術に任せて、本当に人がやっていて楽しいこと、価値があると自分が信じるもの、人が成長できるようなもののために時間を使えるような社会を実現する技術基盤の構築に貢献したいと思っています」
矢谷氏は自身の性格について、「仕事を減らすための仕事を全力でやるタイプなので、無駄なことを見つけると、ついそれを最適化したがる」と分析する。AIの進歩によって人間の仕事が奪われることを懸念する声もあるが、矢谷氏はAIの発達によって空いた時間を有効に使うことで、人類の生活がより有意義なものになれば、という研究目的を語ってくれた。
矢谷氏が見据える、時間の有効活用という方向性は、ハイライトの時間を自由に設定するという今回の研究内容、ならびに視聴者のニーズとも合致するものだ。
空いた時間で動画を見られれば、野球に対するハードルを下げることにもつながる
もちろん、球場に行って生のプレーや応援を目にすることは野球観戦の醍醐味の一つ。矢谷氏も「私も、実際に何度か野球の試合を観戦したことがあります」と話し、「応援、キャラクターやチアのダンスなど、いろいろと見るものがあって、球場ならではの楽しさがある」と語るが、球場以外では「どうしても実体験から離れてしまうところがある」ことが、長い時間を割くことに抵抗感を抱く人が少なくない理由の一つと考えているようだ。
「ちょっとした休み時間で野球を見られたり、野球が盛り上がった時にどんな選手がいるのかをパっと見られたりすれば、『じゃあ、ちょっと1回球場に行ってみよう』となるかもしれません。お金も時間もかかるし、電車に乗る必要もあるしと、いきなり球場に行くってなかなかヘビーなので。ですが、日本の野球界にはいろんな素晴らしい選手がいますし、スポーツとしての価値に加えて、エンターテイメントとしての価値も大いにあるでしょうから、それをもう少し気軽に味わってもらえるようなシステムを作るお手伝いができれば、我々も嬉しいです」
設定された時間に合わせるというだけでなく、柔軟な対応も求められるように
矢谷氏は、ユーザーの求めに応じて柔軟に対応していく必要性も感じ取っている。その見通しは、矢谷氏が過去に行った研究と、その成果から来ているようだ。
「ユーザーが見たい時間を自分で指定できるだけでなく、見ているうちに『これ、面白そうだからもう少し長く見よう』みたいに心変わりできるシステムを作りました。なぜかというと、やはりユーザーの気持ちとして、見ているうちに『これ、しょうもないからもうちょっと短くしよう』とか、『これ、やっぱり見たいな』となりうるわけですよね」
その結果も踏まえて行われている今回の研究の進捗としては、ライトユーザーが求める動画の長さや、その層に重視されるシーンの調査を定量的に行っている最中ということだ。今後の展望について、矢谷氏は次のように語っている。
「今のハイライト動画を作るシステムだと、まず2分で作って、もう少し長く見たいなと思ったら、もう1回機械にかけ直して3分のものを作って、それでまた見て……と、ユーザーさんにとっての負荷が大きくなってしまいます。単に時間に合わせるだけではなく、やっぱりもうちょっと見たいなと思ったら少し伸ばしたり、これは要らないなと思ったら短くしたり、違うシーンに行ったり……ということは我々の技術でも、もう少し簡単にできる部分があると思いますので、そういうものも含めて実現していきたいと」
今後研究が進んでいけば、特定の選手のプレーだけを抽出したハイライトや、観客席の応援風景や応援歌、球団キャラクターだけを見る動画の作成も、個人のニーズに応じて行える可能性があるという。
また、シーンのカットに伴い、「『この後、こっちのチームが何点入れて』みたいなナレーションを自動的に生成することもある程度は可能だと思っています」という。この機能が実装されれば、自分の好きなチームの打っているシーンや抑えているシーンだけを抽出し、他はナレーションで済ませる……という、ファンならではのハイライトの作り方も可能になってくるだろう。
「皆さんにとって野球が『ちょっと見てみよう』と思ってもらえるような……」
今回の研究によって、将来的には試合終了直後、あるいは試合中に視聴を始めたタイミングでそれまでのハイライトを確認するといった使い方も、技術的には可能になるかもしれないそうだ。矢谷氏はこの研究の目標について、次のように語っている。
「家の中で過ごせる時間が限られてきている中で、勉強やビジネスにつながることだけではなく、気分転換に野球の格好いいシーンでも見てリフレッシュしようかな、ということもあり得る話です。そんな時に、この技術によって、皆さんにとって野球が『ちょっと見てみよう』と思ってもらえるような一つの選択肢となれば、我々としては嬉しいと思っています」
自分が好きな選手や場面だけを集めた、オリジナルのハイライトを作る――一昔前では考えられなかったような技術が現実のものとなるのも、そう遠い未来のことではないのかもしれない。
記事提供: