パ・リーグでは福岡ソフトバンクが唯一三軍制度を導入し、育成制度の構築にかなり力を入れている。福岡ソフトバンクの三軍の選手たちは、独立リーグ、社会人、大学、韓国プロ野球チームなどを相手にシーズン中は試合を行い、若手にとっては多くの実戦経験を得る機会となっている。
もちろん福岡ソフトバンクだけではなく、パ・リーグでは多くの球団が育成に定評があるが、メジャーリーグでも育成、そしてマイナー組織にはいろいろな側面があり、各球団が多くの下部組織を抱える。その理由はどこにあるのか、今回はその存在意義を掘り下げていきたい。
「七軍」以上を誇るメジャー下部組織
メジャーの組織には、各球団「七軍」以上を擁するのがほとんどだ。ルーキーリーグ、ルーキーアドバンスド、ショートシーズンA、シングルA、アドバンスドA、ダブルA、トリプルAと並ぶ。
まず、メジャー球団にとって、多くの下部組織を抱えるのは戦力的にどういったメリットがあるのだろうか。
メジャー球団にはそれぞれ選手枠が設けられていて、25人しか登録できない。だが1日2試合のダブルヘッダーがある日には登録人数を1人増やし、26人とすることができる。さらには育休休暇、家族に不幸があった場合に使われる忌引リストが25人枠に入っている選手によって利用された場合は、その間、下部組織から選手を補強することができる。
そのためメジャー登録選手が育休・忌引リストを利用すれば、下部組織から選手が1人昇格する。例えば、3Aからメジャーへ選手が昇格することとなれば、トリプルAのチームも選手が1人少なくなるため、ダブルAから昇格する選手が出てくる。メジャー選手が1人チームを離れることにより、組織全体で何人もの選手が上の組織へと移動することで、多額な人とお金がその日に動くのである。ちなみに数日間だけメジャーの舞台に行くことを、「A cup of coffee(コーヒーを1杯飲みに行く)」という言い回しが使われるほど、このようなケースは浸透している。
こういった状況に素早く対応するために、下部組織には常に、メジャーの舞台で結果を残せる選手を準備させておく必要がある。
「予備軍」でアクシデントにも対応
また、アスリートにケガは付き物。特にキャンプでの調整不足、暖かいキャンプ地から極寒の地での開幕により、4、5月には特に故障者リスト入りする選手は後を絶たない。
しかし故障した選手の代わりに遜色ない結果を残せる選手が下部組織にいれば、故障を抱える選手に無理をさせる必要もなくなってくる。シーズン開幕当初は本当に選手の入れ替わりが激しく、新しく昇格する選手のユニフォームやロッカーを準備するスタッフが忙しく動き回っている印象が残っている。
いろいろな状況を予測して、「メジャー予備軍」を下部組織で準備しておくことが優勝のためには不可欠。そのためキャンプが始まった今、先発投手を10人準備させるなど多くの選手を試しているのは、いつどんな状況でも組織全体の戦力を首脳陣、フロント、そして選手たちが把握するためのものでもあるだろう。
今年も川崎宗則選手をはじめ、マイナー契約を結んだ選手は多数いる。キャンプで開幕メジャーを勝ち取るのが最大の目標だが、シーズン中にケガや登録を外れた場合の代役として期待されている面も強い。もしメジャーの球団がマイナー契約で特定のポジションの選手を多く獲得した場合は、スタメンの選手に不安、もしくは競争が必要と感じている証拠かもしれない。
なお9月になると登録選手枠を25人から40人に増やすことができ、シーズン終盤でのプレーオフ争いとしての戦力、もしくは翌年に向けての機会をメジャーの舞台で得られることができるか、見極めが行われる。
「プロスペクト」と「リハビリ」
もう1つ、マイナー組織の存在意義には、プロスペクト(若手の有望株)の価値の高さがあるかもしれない。米国ではプロスペクトをランキングする媒体があるほど、彼らに高い価値が置かれている。
よくシーズン中のトレードで、「なぜこんなに有名な選手が、無名のマイナーリーガー3人とトレードされたのか」など、疑問に思ったことはないだろうか。それは無名と思われるマイナーリーガー3人には、思いもよらぬほど高価な価値が付いているからだ。
常に勝利を求められている球団は、プロスペクトの選手をトレードの「駒」として考え、育成する。そして優勝を目指すために何かが足りないという時に、プロスペクトと呼ばれるジョーカーを使って他から補強し、戦力を上げていく。メジャー球団の現戦力だけではなく、どれだけ豊富なプロスペクトを抱えているかが、チームの将来を左右すると言っても過言はない。
その若い選手たちもいきなり上のレベルでプレーすると、伸び悩み、スランプに陥ってしまうこともある。そのため下部組織で選手それぞれの成長にあったレベルで技術や精神面を鍛え、球団はメジャーでの活躍を期待して育成していくのである。選手一人ひとりの性格や技術に合わせて育成プランが作成されている。
そのため、米国ではドラフト指名を受けてすぐにメジャーデビューすることは本当に稀だ。時に大学生でドラフトされた年にメジャーデビューを果たす選手はいるが、それも数年に1人といった割合ではないだろうか。
また、マイナーはメジャーリーガーのリハビリにも使われる。メジャー在籍選手が故障をし、リハビリを終えてメジャー復帰への最終段階として、マイナーでのリハビリ試合を行う。
メジャーリーガーにとっても調整をするために貴重な場となるが、一線まで上り詰めた選手と共にプレーできるのは、若手にとっても有意義な時間となる。日本のように先輩・後輩など上下の関係は米国では薄いものの、契約社会が強いアメリカではメジャー契約をしている選手や、一線まで上り詰めた選手たちは優遇されるからだ。
選手だけでなく、スタッフにも「登竜門」
ここではまだまだ記せないほどの存在意義がマイナー組織にはあり、私が触れたのもその一部分に過ぎない。だがマイナー組織は米国野球界、そしてスポーツ界にとっても貴重な意義を果たしている、ということも確かに言える。マイナー組織は多くの雇用を生み出し、スポーツ界を目指す者にとっては貴重な受け皿となっている。
メジャーという最高の舞台を目指すのは、何も選手だけではない。監督、コーチ、審判、テレビ・ラジオアナウンサー、キャラクター担当、広報、フロント、スカウト、GM、グラウンドキーパー、メディアなどなど、挙げればキリがない。スポーツに携わる人は思っている以上に多くいる。メジャーで働きたいという人間は多数いて、そのため狭き門となってしまっている。
その狭き門で戦力となる準備の場が、米国に200以上あるマイナーの組織が担っている。メジャーで働く多くのスタッフは大学時代、もしくは社会人になり立ての頃は、マイナーで仕事をしていたという人間が多い。スポーツの現場での「実戦の場」があったからこそ、メジャーの舞台に辿り付けたという人も少なくないはずだ。
そのためマイナー組織の存在意義はもちろん、メジャー球団にとっては選手を育成するという意味で多大なる意義を果たしていると思うが、それ以上に野球界だけではなく米国のスポーツ界にとって人材を育成する場としても欠かせないのではないだろうか。
最後に補足しておく必要があるが、マイナー組織のほとんどが独立資本であり、それぞれが独立採算制の運営を行っている。選手の給料はそれぞれの契約チームから支払われているものの、経営に必要な経費はマイナー組織が自ら収入を上げて運営しているのである。
各マイナーの球団では地域密着を掲げ、地元に愛される存在としての役割を果たしていることも多い。そのため、そこで働く人材は学生であろうと、プロの現場で実戦を築くことができるのである。
もし日本でも下部組織が増えれば、選手だけではなく、関わる人材にとっても多くの実戦の場が提供されることになるだろう。それがいずれスポーツ界全体の財産となっていくはずだ。
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