サッカー版“キャッシュレス開幕”で見えたものは? 神戸で東北楽天が得た収穫と課題

パ・リーグ インサイト

2019.3.14(木) 11:00

スタジアム前の屋台広場には大きくキャッシュレスを伝える看板も設置された(C)PLM
スタジアム前の屋台広場には大きくキャッシュレスを伝える看板も設置された(C)PLM

 3月2日に開催されたサッカーJ1第2節、ヴィッセル神戸vs.サガン鳥栖の一戦は、神戸のビジャ選手、イニエスタ選手(ともに元スペイン代表)、ポドルスキ選手(元ドイツ代表)、鳥栖のトーレス選手(元スペイン代表)が日本で共演する試合として、サッカーファンのみならず多くのスポーツファンの注目を集めた。だが、この試合にはもう一つの注目ポイントがあった。神戸やプロ野球・楽天イーグルスを保有する楽天グループが取り組む「スタジアム完全キャッシュレス化」の初戦。この日からノエビアスタジアム神戸(以下、ノエスタ)では現金決済が不可となり、クレジットカードや楽天グループの電子マネー、スマホ決済のみ使用可能となった。このため、4月2日の本拠地開幕より同様にキャッシュレスに取り組む楽天イーグルスからも多くの球団職員がノエスタを訪れ、その成否を見守った。

アウェイグッズを扱う売店もキャッシュレスに(C)PLM
アウェイグッズを扱う売店もキャッシュレスに(C)PLM

消えた現金、現れたサンドイッチマン

 キックオフの3時間前、ノエスタの周辺にはクリムゾンレッドのユニホームに着用したサポーターが集まる。入口前の広場には15軒ほどの屋台が立ち並び、青空の下に行列ができていた。だが、その中には「CASHLESS ×現金」と書かれた広告を身に着けて周囲に声をかけるサンドイッチマンたちや、多数用意された「楽天Edy」のチャージ機が存在し、中には1円から使用可能な小銭専用チャージ機も設置されるなど、見慣れぬ風景もあった。

 一方で、消えた光景もある。現金の受け渡しがなくなったことで、当然ながら受け取った現金やお釣りを保管する金庫が消え、テーブル上には商品用のバーコードリーダー、クレジットカードリーダー、電子マネー用の読み取り機、そして「楽天ペイ」用のQRコードだけが置かれており、すっきりとしていた。

 グッズショップで働いて3年目という女性スタッフは「(決済の流れは)簡単になりました。キャッシュレスにあたって特別なことはしませんでしたが、特に困っているお客様もいません」と順調に進んでいる様子。イニエスタ選手を見るべく愛媛県から来た会社員の男性は楽天ペイで選手Tシャツを購入していたが、「事前の告知は聞いていたので困ったことはありませんでした。楽天ペイは初めて使いましたが、暗証番号の入力もないのでクレジットカードよりも便利」と笑顔を見せていた。

 では、あまり訪れることのないアウェイサポーターはどうだろうか? 東京からやってきたという鳥栖サポーターの親子はトーレス選手のタオルを購入し「クレジットカードで買いました。(アウェイサポーターは)荷物が多いので、わざわざ現金を出すのは大変だと思います」とメリットを明かした。

楽天執行役員・小林氏は感謝のコメント

 スタジアム入口に設置されたキャッシュレスデスクも大きな混乱はなく、15時3分のキックオフを迎えた。当日のキャッシュレスデスクでお客様対応を行った楽天株式会社の鈴木修氏は「混乱は思ったほどありませんでした。(現金が使えないことで商品購入を)諦めてしまう、帰ってしまうお客様がいるのでは? と思っていましたが、それもありません。お客様からのクレームもほぼなく、店舗オペレーションも不慣れな所はほぼなかったですね」と満足気な様子を見せていた。

 キックオフの時点で売上目標を突破するなど、現金が使えないことによるマイナス効果はなく、むしろプラスの影響が見えていた“キャッシュレス開幕”。楽天株式会社執行役員で楽天ペイ事業部を担当する小林重信氏は「ファンの方がありがたい存在で、我々の挑戦を温かい目で見てもらっています」と感謝の思いを明かした上で「安心して使っていただくことを目標にしていて、売上目標も到達できたのはよかった。今日まで周到に用意してくれたスタッフにも感謝です」とこちらも笑顔を浮かべた。

ハーフタイムのコンコースは多くのサポーターであふれかえる(C)PLM
ハーフタイムのコンコースは多くのサポーターであふれかえる(C)PLM

ハーフタイムの大混雑も……

 いよいよキックオフ。前半は神戸が優位に試合を運ぶも、0-0でハーフタイムに。サッカースタジアムで来場者が最も動く15分間に突入した。多くのファンが席を立ち、トイレや飲食物、グッズの購入へと向かうため、通路は大混雑。商品を注文する声と、楽天Edy独特の「シャリーン」という音が鳴り響く。子どもたちも飲み物を購入して、楽天Edyで決済を進める。父親と来場したという小学校3年生の2人組は「ラクでした」と口をそろえる一方、保護者からは「現金を持たなくてもいいのですが、残高がわかりにくいのは難しいですね」と、この日の来場者全員に配布された楽天Edyに対する注文ものぞかせた。

 試合前日にはチケット完売、満員となる25,172人の観衆がノエスタに詰めかけていたこともあり、決して商品購入の行列がスムーズに行くことはなかったが、もしここに現金決済が残っていたとしたら、後半9分にビジャ選手が決めたJリーグ初ゴールを見逃したサポーターが多くいたかもしれない。試合はそのまま1-0でヴィッセルが勝利。イニエスタ選手、ビジャ選手、ポドルスキ選手はフル出場して見せ場を作るなど、神戸のサポーターにとっては大満足の一戦となっただろう。

グッズストアのレジからは現金が消え、スッキリとした光景に(C)PLM
グッズストアのレジからは現金が消え、スッキリとした光景に(C)PLM

野球とサッカーの違いとは?

“キャッシュレス開幕”を楽天イーグルス関係者はどう見ただろうか? 楽天野球団経営企画室長の江副翠氏は「ご来場者様からの『お財布を探したり、小銭を持ち歩いたりするストレスがなくなった』というお声や、テナント店舗様からの『会計締め作業時間の短縮化や、お金を触らずに接客できる』という衛生面の改善を喜んでいただけるお声などを聞くことができたことで、完全キャッシュレス化の方向性を改めて我々自身も再確認することができました」と成果を振り返る。

 だが、「キャッシュレス化のメリットの一つである「会計時間の短縮」については、改めて対応するスタッフの事前研修が大事だと痛感しております。2019年より全てのお買い物をする決済ポイントにおいて、楽天ペイ、楽天Edy、クレジットカードが使えるようになるということは、球場に出店いただいているテナントスタッフの皆さまにとっても、昨シーズンまで取り扱っていた決済手段とは異なる扱いが出てくるケースも多く、各スタッフが、お客様へのご案内から各機器操作まで、スムーズに対応できるかというのも課題の一つであると考えております」と今後に向けた検討事項も明かした。

 前述の鈴木氏は、野球とサッカーについて二つの違いを指摘する。「まずは、お客様の年齢層が違います。ファンの顔を思い浮かべるとサッカーより野球の方がやや高い傾向ですし、神戸と仙台の土地柄の違いも影響があると思います。また、野球はイニング間などの動きがあるので、飲食物の売上がサッカーよりも高く、決済件数も多くなります」と分析。特に、サッカーの場合にはプレー中のスタンドで飲食物を売る「売り子」は存在しない。だが、野球の場合にはビールなどの飲料を中心に多くの売り子がスタンドで営業を行う。もちろん、それらの売り子もキャッシュレスとなり、おなじみの1000円札を指にはさんで声をかけながらスタンドを練り歩く光景も一変する。ある意味では、球史に残るかもしれない大改革のスタートと言えるだろう。

「開幕まで残りわずかとなりましたが、一つ一つ課題をクリアしながら準備を進め、お得に、ストレスフリーに観戦を楽しんでいただけるよう、鋭意取り組んでまいります」と、最後に江副氏は決意を明かした。4月2日まであと19日、キャッシュレススタジアムの船出に注目だ!

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