2018年にプロ1号を放った金子一、その裏にあったものとは…
2018年5月22日、福岡ヤフオクドーム。
福岡ソフトバンクの守護神・森唯斗の投じた初球のストレートを、埼玉西武の金子一輝内野手は短く持ったバットで勢いよくはじき返した。「真っ直ぐに振り負けないように」と一閃した打球はぐんと伸びると、レフトスタンドに飛び込んだ。プロ5年目。ファームでも通算1本しか本塁打を記録していなかった男の鮮烈な1軍デビューとなった。
これまでイースタン・リーグでも、プロ2年目の2014年に記録した.233(34試合)が最高打率。自己最多の103試合に出場した2017年も、2割がやっとという打撃成績だった。
そんな金子一だったが、2018年シーズンのイースタン・リーグが開幕すると、とにかく打ちまくった。打率.370を超えることもあり、一時はリーグ首位打者にも立った。好調を維持したまま迎えた5月中旬、ついに1軍から声がかかった。
好調の要因は、シンプル。練習と準備にしっかりと時間を費やしたことだ。その中でも「練習から強く振っていくこと」を意識した。どんな時も、振り込む量を減らさないように努めた。
2017年のオフシーズンからは秋山翔吾外野手が主催する静岡・下田での自主トレに参加し、秋山とペアを組んでバッティング練習も行った。バッティング練習のメニューは全て秋山が考案。その中で取り組んだ7種類のティーバッティングに手応えを感じ、自主トレの後もずっと続けてきた。
「今年はこのティー、一生やりますよ」
自身の宣言通り、毎日のように室内練習場でティーバッティングに取り組んだ。試合を終えるとすぐにトレーニング用のウェアに着替え、黙々と振り込んだ。キャンプ中から取り組み続けたことが、しっかりとシーズンに数字として表れた。表情にも自信がみなぎった。
1軍で初ホームランを放った後は6試合に出場し、うち半分の3試合でスタメン起用された。思い切りのいいスイングと溌剌としたプレーは、開幕スタートダッシュに成功したものの、その勢いに翳りが見え始めていたチームに新しい風を吹かせた。
肩痛が癒えた中村剛也の1軍復帰と入れ替わるように2軍降格した金子一は、そこから先発出場した2軍戦5試合で打率.120と低迷。「感覚が飛んじゃいました」と金子が話したのは、6月上旬のジャイアンツ球場での試合後だった。その日のジャイアンツの先発は吉川光夫。ライオンズは吉川光の前にたった2安打で完封負けを喫していた。
秋山にぶつけた疑問「おかしいなと思いながら練習していることがありますか?」
6月1日に抹消されるまで、1軍では5月24日の福岡ソフトバンク戦、翌25日の北海道日本ハム戦でスタメン出場して打席に立ったのが最後。その後の出場は代走で起用された1度のみだ。2軍ではコンスタントにヒットを重ね、圧倒的な打率を残してきた金子一が、実戦の打席から遠ざかるうちにそれまでの“いい感覚”を失ってしまうのも無理はない。マシンや打撃投手を相手に振り込んで、準備を怠らなかったとしても、実際のゲームでの1打席には敵わない。
ファームでの再調整。打席の中での感覚が戻らない焦りもあったはずだ。それでも、変わらずにひたすらバットを振った。
「(2軍に)落ちてきてから、バットを出す軌道がおかしかったんです。秋山さんには『おかしくなったら下半身から考えろ』と言われたことがあって……」
秋山との会話の中で、「(感覚が)おかしいなと思いながら練習していることがありますか?」と聞く機会があった。
「『もちろんある』と言われました。あれだけ打つ人でも、そういうことがあるんだなと思いました」
日本を代表するヒットメーカーの秋山にも、自分と同じように違和感を抱えることがある。疑問に思っていたことをぶつけ、糧にしてきた金子一の胸に勇気が沸いた。来る日も来る日もバットを振り続けた。しばらくしてシーズン序盤のように、再びヒットを重ねるようになった。
結局、シーズン終了まで1軍に上がることはなかったが、「自分の状態を上げれば1軍でも結果を残せる」と確かな手応えをつかんだ。契約更改の場では球団から「内野のポジションが1つ空く。レギュラーを獲りにいくように」とハッパをかけられた。アップ査定も初めてだった。契約後の会見場では充実した笑顔も見せた。
高卒で入団し、プロ5年目の昨年「今年が最後だ」という覚悟を持って、やれることは全てやった。そして地道な練習が結実し、あの日の1本のホームランが金子一の未来を切り拓いた。練習し続けることの尊さを、金子一のプレーが証明してくれる。
(安藤かなみ / Kanami Ando)
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