
オリックス・森友哉捕手(30)と大阪桐蔭野球部時代のチームメートで、ステージ4の希少がんと闘う福森大翔(ひろと)さん(30)が、12日のオリックス―阪神戦(京セラD)で始球式を務めた。京セラDが感動に包まれた昨年6月15日の巨人戦に続き、見事なノーバウンド投球を披露。日頃から互いにパワーをもらい、特別な信頼関係で結ばれる2人が13日、エールを交換した。(取材・構成=南部 俊太、長田 亨)
福森さんは、生きている喜びをかみ締めた。「いい人生、すてきな人生を歩めています」。森友の背番号「4」のユニホームを身にまとい、2年連続で立った京セラDのマウンド。一塁ベンチ横では、上半身のコンディション不良で離脱中の親友が優しい目で見守っていた。感謝の思いを込めた1球。ノーバウンドで若月のミットへ収まった。
大阪桐蔭3年時の13年、外野手として春夏連続で甲子園出場。立命大を卒業後は、ハウスメーカーに就職した。ところが、21年に2つの希少がんが発覚。5年生存率は10%未満と伝えられた。がんはステージ4と進行し、今年3月に4度目の手術。「前向きに生きていかなアカン!」。絶望の淵で励まし、元気づけてくれた一人が、森友だった。
「森友哉の存在自体が、僕のエネルギーです」。互いのSNSやニュースを見ることが、前へ進む力になった。それは森友にとっても同じ。「絶対にしんどいはずなのに、大翔は苦しそうにしない。常に明るく振る舞うのは、本当にすごいことだと思います」と福森さんの精神力に感服した。
森友は笑みを浮かべ、柔らかい言葉を続けた。「大翔が元気でいれば、僕も元気になる。僕が元気なら、大翔も元気になる。そこは『たぶん』ですけど…(笑)ほんと、持ちつ持たれつなんです」。今の目標は、かつて恒例行事としていた年末の旅行。「だから、常に元気でいてもらわないと困ります」と呼びかけた。
福森さんは食生活で「脱・添加物」を徹底している。栄養価の高い「五分づき」の玄米を主食とし、有機野菜や大根、ニンジンなど根菜中心のおかず2品が主なメニュー。全て、妻・聖欄(せいら)さんの手づくりだ。森友も「けがをするのが一番嫌で」と、50試合の出場にとどまった昨年を踏まえ、食生活を改善。「大翔に比べれば味も全然あると思いますけど、玄米も食べ始めてみると、めっちゃおいしくて…」と共通の話題もできた。
くじけそうになる。心が折れそうにもなる。それでも福森さんが笑顔なのは、気づきがあったからだ。「一人では生きていけない」。最愛の妻や家族、森友をはじめとした友人。今月27日には、第1子となる男の子が誕生する予定だ。
「家族みんなで1年でも長く、友哉の頑張っている姿を見るのが一番の夢。活躍を見るだけで泣きそうになるし、刺激をもらいます」。同じように闘病している人たちに、最も伝えたいのは「諦めない気持ち」を持つことだ。「希望を持って生活すれば、必ずいい方向にいくと信じています。最後は勝つ!」。2人で紡ぐ深い絆。真っすぐに、ひたむきに、歩み続ける。
◆福森 大翔(ふくもり・ひろと)1995年7月29日、大阪市生まれ。30歳。小学3年で野球を始め、中学時代は大阪都島ボーイズでプレー。大阪桐蔭3年時の2013年に外野手として春夏連続で甲子園に出場しともに16強入り。夏は2回戦・日川(山梨)戦でサヨナラ打を放った。甲子園通算19打数9安打3打点。立命大卒業後はハウスメーカーに入社したが21年に2つの希少がんが発覚。24年には複数箇所への転移が見つかり、完全寛解を目指し闘病する日々を過ごす。右投右打。
◇希少がん 人口10万人あたりの罹患(りかん)数が6例未満と、他のがんと比べて発生率が低い悪性腫瘍の総称。「消化管間質腫瘍」や、胸部などにある傍神経節から発生する「パラガングリオーマ」など、約200種類もの悪性腫瘍が該当する。それぞれの発生数が少ないため、治療法が確立されていないことが課題となっている。
◆福森大翔さんの25年始球式VTR 6月15日の巨人戦(京セラD)で、始球式に登板。両親や妻・聖欄さん、大阪桐蔭の先輩の西岡剛氏、岩田稔氏も見守るなか、18・44メートル先の捕手・森友のミットにノーバウンド投球を収めた。熱い思いを受け取った森友は、同点の5回に決勝の右前打。お立ち台では「負けないように頑張ってください」と涙ながらにエールを送った。