24年目のキャンプを迎えた。福浦和也内野手が懐かしそうに遠い昔を振り返った。1994年、1年目の二軍キャンプ地は鹿児島県湯之元。今は選手全員がホテルの1人部屋だが、当時は旅館に和室に3人一部屋だった。福浦自身も内野手ではなく投手。右も左も分からないまま飛び込んだプロのキャンプだった。
「緊張していて、本当になにも覚えていないなあ。全く分からないまま言われるままに日々を過ごしていた。とにかく必死だったよね」
高卒ルーキーには、なにもかもが戸惑いだった。そもそも年が離れた選手と一緒に練習をしたことがなかった。最初はコーチかと思っていた人が選手だったりした。ブルペンでは一度も捕手を座らせることが出来なかった。「立ち投げでいい」とコーチから指示をされた。ひたすら、中腰の捕手相手にストレートを投げ込んだ。礼儀、挨拶も厳しく指摘された。挨拶が出来ていないとルーキー全員が先輩の部屋に集められた事もあった。今ではクリーニング業者が全てをまかなう時代だが当時は朝の体操の後に洗濯を終えたユニホームやアンダーシャツなどの衣類を選手、スタッフ別に区分してそれぞれに配るのが新人の日課だった。練習に出発する前、眠い目をこすって作...