【台湾プロ野球】楽天モンキーズ・川岸強コーチが語る異国での挑戦。「4勝3敗」の教えと、若き才能と歩む現在地

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楽天モンキーズの一軍投手コーチを務める川岸強氏【TSNA提供】
楽天モンキーズの一軍投手コーチを務める川岸強氏【TSNA提供】

「4勝3敗でいい。たまには負けたっていいんだよ」——。異国のブルペンで、若き投手たちにそう語りかける指導者がいる。台湾プロ野球(CPBL)・楽天モンキーズの一軍投手コーチ、川岸強氏だ。かつて楽天イーグルスでセットアッパーとして躍動した右腕は、戦力外通告や大ケガといったどん底の挫折から這い上がった「苦労人」でもある。自身の泥臭い経験と恩師たちの言葉を胸に、言葉の壁を越えて台湾の有望株たちといかに「対話」し、成長へと導いているのか。海を渡った日本人コーチの、知られざる奮闘の日々に迫った。

「もがいた」現役時代と、恩師たちからの言葉

 川岸氏の野球人生は、決して順風満帆なエリート街道だったわけではない。中日ドラゴンズ時代にはケガに泣かされ、何をやってもうまくいかずに苦しむ時期があった。モチベーションが上がらず、トレーニングルームで暗い顔をしていた時のことだ。当時二軍トレーニングコーチだった塚本洋氏から「今日、気持ちが上がらないんだったら帰っていいぞ」と声をかけられた。

 練習を早めに切り上げて帰ることに気が引けていた川岸氏に、塚本氏はこう続けたという。

「『1週間は7日間ある。4勝3敗で勝ち越せば成長できるから、たまには負けたっていいんだよ。明日頑張れ』って言われたんです。

 この「勝敗」とは登板成績ではなく、日々の自分との戦いを指す。毎日「今日は自分に勝ったか、負けたか」の白黒をつけ、1週間トータルで勝ち越せばいいという教えに、川岸氏は深く救われたという。

「その言葉にすごく気が楽になって、そういう日もあっていいんだなって救われました。ただ、『その代わり、今日勝ったか負けたかのカウントをしないというのはダメだよ』とも言われました。4勝3敗なら成長するし、5勝2敗ならもっと成長できるぞ、と」

 この教えは、現在の川岸氏の指導の根幹を成している。
「この言葉は、今でも国籍を超えて、台湾の選手たちの気持ちを楽にさせてくれる言葉になっています。僕自身もコーチとして『今日は勝ったな、負けたな』とカウントしながら、日々参考にさせてもらっています」

 その後、戦力外通告を経て2007年に東北楽天の入団テストを経てチームに入団。そこで出会ったのが、当時指揮を執っていた名将・野村克也監督だった。紅白戦で登板した後、初めて野村監督と言葉を交わした際、「まだまだやれるぞ」と声をかけられたという。

「その言葉がすごく嬉しくて、『この人の下で野球がやりたい、この人の力になりたい』と強く思いました。『野村再生工場』とよく言われますが、自分がまさにそうなれたらいいなと。もう、がむしゃらに腕を振って投げた記憶があります」

 恩師への思いを胸に再起を誓った移籍1年目だったが、いきなり最大の試練が訪れる。開幕一軍入りを果たしたものの、実は右肘に強い痛みを抱えていた。そんななか、ホーム開幕戦で先発予定だった投手のアクシデントにより、急遽先発マウンドに上がることになったのだ。

「準備もできていなくて実力もなくて、結果的に試合を壊してしまいました。それと同時に、肘も本当に投げられない状態になってしまった。テスト入団でしたし、『もうこのままクビになるのかな、ダメかな』と絶望しました」

 しかし、チームのトレーナーやコーチ陣が「もう一回、トレーニングを頑張ってみないか」と支えてくれた。手術という選択肢をとらず、そこから約3〜4カ月間、これまでやったことのないほどの激しいウェートトレーニングと食事の増量に必死に取り組んだ。まさに泥臭く“もがいた”期間だった。

「夏頃には体重が5キロ増え、球速も以前より5キロ速くなって復活できたんです。あの時、やったことのないことにチャレンジしてもがいたからこそ、野球人生が伸びたと思っています。あのケガがなければ、もっと早く終わっていたのかもしれません」

「謙虚さ」を胸に台湾へ

 2012年に現役を引退した後、川岸氏は球団職員として球団に残り東北6県での野球教室をメインに、小学校や企業での講演、テレビ解説といった幅広い業務を経験した。選手の時とは全く違う「社会」に出て、自ら動いて一から学ぶ日々だったという。

 その後、2015年に中学生の硬式野球チーム「東北楽天リトルシニア」の指導にも携わることになった。

「プロのユニフォームを着て中学生を指導する分、周囲から厳しい目で見られることもわかっていました。だからこそ、『とにかく謙虚にやろう』と。投手一筋だった自分が、シニアの担当になったことで攻撃や守備のことも一から勉強できました。教え子のなかからプロ野球選手(オリックス・麦谷祐介選手、中日・山浅龍之介選手)も生まれましたし、本当に良い経験でした」

 充実した日々を送っていた2021年、姉妹球団である台湾・楽天モンキーズへのコーチ就任打診を受ける。実はそれ以前から「次のチャレンジとして、イーグルスには台湾という道もある」と自ら気づき、気にかけていたという。だからこそ、オファーを受けた際は迷うことなく新たな挑戦を決断した。

言葉の壁を越えた対話で生まれた、劉家翔投手との絆

 台湾での指導において、立ちはだかったのは言葉の壁だ。しかし川岸氏は、技術を詰め込む前に通訳を交えて「俺はこういう人間だ、君はどういう人間なんだ?」という人間同士のコミュニケーションを最優先した。

 その指導が実を結んだ象徴的な出来事が、背番号18を背負う若き才能、劉家翔投手のプロ初勝利だ。今年4月にプロ初勝利を挙げた際、劉投手は地元メディアに対し「プロに入ったばかりの頃からずっと僕のことを見てくれていた。この初勝利は、僕からの彼(川岸コーチ)への恩返しです!」と語り、大きな話題を呼んだ。

 劉投手が当時抱えていた重圧について、川岸氏はこんなエピソードを明かしてくれた。

「彼は高卒で入団してきた頃から、150キロを超える直球と独特な回転軸を持っていて、本当に魅力的な投手でした。楽天モンキーズは毎年2月に沖縄・石垣島で千葉ロッテマリーンズと交流戦を行うのですが、彼が登板した際、吉井さん(元千葉ロッテマリーンズ監督)が『いいピッチャーだね』と高く評価してくれたんです。それが台湾メディアでも大々的に報じられて、とにかく『すごいピッチャーだ』と一気に周囲の期待が高まりました。本人も、そのプレッシャーがあったと思うんです」

 投手育成に定評のある吉井氏も認める才能。しかし、若き右腕は壁にぶつかってしまう。

「途中で伸び悩み、球速も落ちてしまった。本人も思うようにいかず、何より野球が楽しそうじゃない、投げたくないという雰囲気が伝わってきて、本当に苦しそうだったんです」

 当時二軍担当だった川岸氏は、技術的な指摘よりも、彼が「投げる喜び」を取り戻せる環境作りに徹したという。「彼に伝えたのは、『打たれたから使わないなんてことは絶対しない。結果が出ていないからダメだなんて思わないから、次の試合はこうしようよ』ということ。まずは投げるのが楽しくなるように、彼に寄り添いました」

 その思いに応えるように、劉はオフシーズンに自ら肉体を徹底的に鍛え上げ、見違えるような体格と球威を取り戻して今季春季キャンプに戻ってきた。「僕が何かしたわけじゃない。彼が自分で気づいて頑張った結果です。中学生の頃から見ていた子が成長して結果を出す、あの感覚に近い嬉しさがありますね」と、川岸氏は目を細める。

試合前に指導を行う川岸氏【TSNA提供】
試合前に指導を行う川岸氏【TSNA提供】

高校時代のチームメイト・平野恵一氏との再会

 川岸氏が赴任してからの数年で、台湾野球は劇的な進化を遂げた。台北ドームが開業し、ピッチクロックも導入された。同時に、古林睿煬(北海道日本ハムファイターズ)や徐若熙(福岡ソフトバンクホークス)といったトップ選手たちが日本球界に渡った。

「彼らが日本で投げていると、台湾ではチームの垣根を越えてみんなで応援するんです。徐若熙や古林睿煬が投げているときは、敵チームだった選手もみんなで中継を見守っている。日本人がメジャーで活躍する野茂さんやイチローさんを応援したときのような、あの熱い絆は素晴らしいなと思います。僕も今は、台湾人のような気持ちで彼らを応援しています」

 台湾球界全体がかつてない熱を帯びるなか、川岸氏自身も着実に指導者としてのキャリアを積み上げてきた。2021年に赴任して以降、一軍・二軍の投手コーチを歴任してチームを支え続け、迎えた2025年。ついに一軍投手コーチとして楽天モンキーズ初となる「台湾シリーズ優勝」という悲願を達成する。

 そして、この頂上決戦の舞台には、胸を熱くする再会が待っていた。対戦相手である台湾随一の人気球団である中信兄弟の監督を務める平野恵一氏は、桐蔭学園高校時代のチームメイトだ。「台湾シリーズの試合前、練習中に2人で『異国の地で野球をやるなんて思わなかったね』と笑い合いました。彼もものすごいプレッシャーのなかで戦っていますが、チームは違えど『台湾の野球を良くしたい、貢献したい』という思いは一緒です」

 インタビューの最後、日本の野球ファンに向けて川岸氏はこう話した。

「台湾の球場は独特で面白い。もし来たら『日本から来ました』と声をかけてください。僕ら日本人のコーチや選手にとって、それが一番の励みになりますから」

 自身の挫折と恩師の教えを胸に、今日も台湾のブルペンで若き投手たちと「対話」を続ける日本人コーチ。その挑戦はこれからも続いていく。

投手交代時にマウンドに向かう川岸氏【TSNA提供】
投手交代時にマウンドに向かう川岸氏【TSNA提供】

取材・文:パ・リーグインサイト編集部

記事提供:パ・リーグ インサイト 望月遼太

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