マニエル、ブライアント、ローズ…話題に事欠かなかった近鉄の外国人選手
2018年12月17日 13:47
Full-Count 広尾晃
巨人退団後はレッズとマイナー契約を結んだタフィ・ローズ※写真提供:Full-Count(写真:Getty Images)
投手では昭和の時代に活躍したミケンズが最多勝
すでに1200人になろうとしているNPBの外国人選手。球史に残る選手も数多く出ている。今はなき近鉄の外国人選手も振り返っておこう。○近鉄の外国人選手、安打数10傑。()は実働期間1ローズ 1187安打(1996-2003)2ブライアント 778安打(1988-1995)3ブルーム 579安打(1960-1964)4デービス 564安打(1984-1988)5クラーク 555安打(1997-2000)6ジョーンズ 327安打(1974-1977)7ボレス 307安打(1966-1968)8アーノルド 288安打(1978-1980)9トレーバー 282安打(1990-1991)10マニエル 257安打(1979-1980)○本塁打数5傑1ローズ 288本塁打(1996-2003)2ブライアント 259本塁打(1988-1995)3デービス 117本塁打(1984-1988)4ジョーンズ 114本塁打(1974-1977)5クラーク 93本塁打(1997-2000)○勝利数10傑1ミケンズ 45勝(1959-1963)2J・パウエル 43勝(2001-2004)3マットソン 14勝(1998-1999)3バーグマン 14勝(2001-2002)3バーン 14勝(2003-2004)6アキーノ 11勝(1996)7カラスコ 8勝(2004)8レフトウィッチ 7勝(1998-1999)8エルビラ 7勝(2000-2001)10カスパラビッチ 6勝(1953-1954)○セーブ数2傑1カラスコ 5セーブ(2004)2D・パウエル 3セーブ(1995)※近鉄でセーブを記録した外国人投手は2名のみ。 1950年に近鉄パールズとして創設、1959年に近鉄バファロー、1962年に近鉄バファローズ、1999年に大阪近鉄バファローズとなり、2004年限りで球界再編によりオリックスと合併し消滅した。 パ・リーグの弱小球団として長く低迷したが、外国人選手の獲得は早く、1952年にはハワイ出身の日系2世の甲斐友治が入団。翌53年にはハワイのマイナーチームから投手のカスパラビッチと日系2世の渡辺満のバッテリーがそろって入団した。マネー、カンセコ兄などビッグネームも在籍したが…
近鉄には話題性の多い外国人が数多く入団している。 1969年のジム・ジェンタイル(ジムタイル)は、5月18日の阪急戦でソロホームランを打つも一塁に向かうまでに左足肉離れで走れなくなり、代走を送られた。本塁打での代走は史上初。この年のジムタイルは8本塁打だが7得点だった。 近鉄外国人の最多勝投手、グレン・ミケンズは2桁勝利が2度、エース格だったが1963年8月21日の近鉄戦で、NPB史上初の1球勝利を挙げている。 東京ヤクルトから1979年にやってきたチャーリー・マニエルは本塁打を量産していたが、6月9日の千葉ロッテ戦で死球を受け顎を骨折。復帰後はアメフトのようなフェイスガード付きのヘルメットで打席に立つ。在籍した2年間はともに本塁打王を獲得。 マニエルはその後指導者となり。全盛期のフィリーズを率いる名将となる。 1984年のドン・マネーはMLB通算1623安打の一流打者、5月6日までに8本塁打を打ったが、日本の環境になじめず、わずか29試合で帰国した。 近鉄外国人の通算本塁打2位のラルフ・ブライアントは、中日では2軍暮らしだったが1988年6月下旬に近鉄にトレードされると残りの74試合で34本塁打。その後もホームランバッターとして活躍したが三振数もすさまじく、1993年にはNPB記録の204三振を喫した。 1991年にはアスレチックスで2度の本塁打王を取ったホセ・カンセコの双子の兄弟のオジー・カンセコが入団。大いに期待されたが、似ていたのは顔だけで、打撃はさっぱり。2軍では8本塁打したものの1軍出場はなし。シーズン途中に退団した。 近鉄最強の外国人は、タフィ・ローズだ。1996年に入団し、本塁打王3度、打点王2度、2001年には王貞治に並ぶ55本塁打のNPBシーズン記録(当時)をマーク。しかし財政難にあった近鉄は高騰するローズの年俸を負担できず、51本塁打で3度目の本塁打王を取った2003年オフに退団が決まる。ローズは巨人に移籍。翌2004年が近鉄球団そのものの最終年度となってしまった。 近鉄が消滅して14年。今では近鉄でプレーしたことのある現役選手は、巨人への入団が決まった岩隈久志と東京ヤクルトの坂口智隆、近藤一樹の3人だけとなった。 個性的だった近鉄の外国人選手たちも、日本野球史の1ページになろうとしている。(広尾晃 / Koh Hiroo)記事提供:Full-Count 続きを読む