
富裕層の意識調査において、約半数が「モノの所有」ではなく「体験や経験」への支出を重視すると回答する現代*。スポーツエンターテインメントの現場においても、単に試合を観戦するだけでなく、その時間や空間全体の価値を再定義する取り組みが広がっている。
東北楽天ゴールデンイーグルスは来シーズンより、バックネット裏の既存プレステージエリアを改修し「THE Gran(ザ・グラン)」として展開する。最も高額の「ザ・グランプレミアム)」は1席220万円とパ・リーグ最高水準の価格設定である(9月17日取材時点)。従来の座席構成を一新し、リーグ最高値クラスの値付けで挑む背景には、どのような考えと構造改革があったのか。年間シート営業に携わる楽天野球団 営業第2部の氏家颯俊さんからその狙いを聞く。
* 博報堂富裕層マーケティングラボ「新富裕層調査2026」より
https://files.hakuhodo.co.jp/files/user/2026/09/202609041000_1.pdf
“価値の再定義”というミッション
球団創設から今年で22年目を迎え、スタジアムは時代の変化に合わせて段階的な改修を重ねてきた。しかしその過程で、ある課題が浮き彫りになっていたと氏家さんはいう。それが提供する商材やサービスと価格のバランスである。
「数年前から、年間シートのなかで最も高い単価をお支払いいただいているお客様に対して、提供するサービスレベルを本質的に見直す必要性を感じていました。そこでもう一度全体を整理し、最も高い席に最も高い価値をつけるという方針を固め、ハード・ソフトの両面でどのような価値提供ができるか議論を重ねました」
利用客からも「食事やドリンクのラインナップを充実させてほしい」「接客のクオリティを高めてほしい」といった声が寄せられていた。そこで来シーズンに向け、最高位の席にふさわしい価値を再定義するプロジェクトが始動した。
「ザ・グラン」が1席190〜200万、「ザ・グランプレミアム」は220万円という高価格設定については、築年数を経たスタジアムだからこその葛藤もあった。最新のハードウェアを備える他球場と比較した際、どのような立ち位置を取るべきか検討が重ねられた。
「当スタジアムは新しい球場ではないため、価格設定の難しさはありました。しかし、今回刷新する内装や食事、サービス内容をすべて検証し『この金額にふさわしい価値を持つ商材をつくる』という強い意思のもと、全体のバランスを考慮して決定しました」



ストレスのない環境こそが「最上級」の条件
「ザ・グラン」が提供するのは、グラウンドへの近さだけではない。対象となるバックネット裏の約300席に向けて設計されたのは、入場から帰宅に至るまでのシームレスで上質な時間だ。
まず手を入れたのが入場動線である。スタジアム正面の「ゲート1」を完全な室内空間へと改修し、300名専用のプライベートゲートを構築する。
「入った瞬間から特別感を感じていただける設計にしています。専用ゲートにはコンシェルジュが常駐し、チケット確認や手荷物の預かりなどの細やかなサポートを行います。通常はブースに並んでいただく来場者プレゼントも、専用ゲートでコンシェルジュから直接手渡しするスムーズな動線を整えました」

座席のクオリティもアップした。長時間に及ぶ観戦でも体に負担がかからないよう、全席に首元まで支えるバケットシートを採用。さらに最高位となる「ザ・グランプレミアム」(85席)には、肌寒い4月や5月の観戦を快適にするシートヒーター、非接触型充電器、USBコンセントが完備される。屋外スタジアム特有の環境変化に配慮した細やかなサポート体制が用意される予定だ。

長年課題とされていたラウンジの混雑緩和にも着手した。従来は200席の契約に対して着座スペースが約30席(約15%)にとどまっていたが、ラウンジエリア自体を別の場所へ移設・拡張することで、試合前に着座して落ち着いて食事ができる環境へと刷新される。
「飲食事業者のコンペを実施し、接待などで利用される法人のお客様にもご満足いただけるよう、東北の食材をふんだんに取り入れたメニューを展開します。なお、『ザ・グランプレミアム』のご契約者様には、専用のバーラウンジ『NIKKA THE Gran BAR 宮城峡』も合わせてご利用いただける形にエリアを分けています」
バックネット裏というグラウンドに最も近い位置で、球速や打球音、ミットの音を五感で受け止める。そのうえで、入場、着席、食事、混雑に至るすべてのプロセスでストレスを感じさせないというのが、氏家さんの考える観戦体験の「最上級」なのだ。



ソフト面の進化でハードの限界を超える
来季のスタートに向けて動くなか、すでに市場からの反響は表れている。「THE Gran」の公表からまだ日は浅いが、20件ほどの新規問い合わせ・申し込みがあり、法人は地元企業を中心に、東京に本社を構える企業からの申し込みがある。個人では定年後に余暇を楽しむ層からの支持を集めているそうだ。
「このエリアのお客様は、勝敗以上に『特別なお席で上質な体験ができる』というステータスや価値に魅力を感じてくださる方が多い印象です」
まずは300席限定で質の高いサービスを提供することが最優先となるが、今後の反響やラウンジのキャパシティを見極めながら、将来的にはエリア拡大も視野に入れている。
「スタジアムのハード面には構造上の限界もありますが、コンシェルジュによる接客や、将来的な選手との触れ合いイベントなど、ソフト面の価値を高めることで他球団の最新設備にも負けない観戦体験をつくっていきたいと考えています」
スタジアムが試合を観る場所から豊かで満たされたひとときを過ごす場所へと変化を遂げるなか、楽天イーグルスの新たな挑戦がどのような結実を見せるのか注目される。
楽天イーグルス年間シート
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