選手として伝える最後の言葉。映像とともに振り返る、13人の引退セレモニー

2019.10.30(水) 15:58 パ・リーグ インサイト 望月遼太
「パーソル パ・リーグTV」では、過去の引退試合やセレモニーの様子を1試合丸々配信予定
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 レギュラーシーズンが終了し、今季も多くの選手が球界を去った。その中でも、現役生活の最後に、引退セレモニーというかたちでファンの前にその勇姿を見せられる選手はほんの一握り。そして、応援してくれたファンや、支えてくれた球団関係者や家族たちに対して感謝の言葉を述べる引退スピーチは、往々にして見る者の胸を打つものだ。

 今回は、2018年と2019年に開催された各選手の引退セレモニーの中から、各選手の引退スピーチについて紹介。プロ野球選手という立場でファンに伝える最後の言葉を、あらためて振り返っていきたい。(括弧内の所属は引退当時)

石井裕也氏(北海道日本ハム)

 石井氏は先天性難聴を抱えながらプロ野球の舞台で3球団を渡り歩き、優秀な左のリリーフとして14年間にわたって投げ続けた。引退スピーチでは様々な人々の応援や支えに感謝し、プロ野球人生を「僕にとって、かけがえのない時間でした」と形容して、支えてくれた周囲の人々に感謝した。2012年の日本シリーズで打たれ、敗戦投手になった後も大きな声援と拍手で迎えてくれたファイターズファンは「心が折れそうになった僕を救ってくれました」と語り、あらためてこれまでの応援に謝意を伝えた。

 石井氏は、常にサポートしてくれた家族に対する感謝の気持ちも伝えた。「難聴というハンデを持って生まれてきた僕を、周りの子と同じように育ててくれて、たくさんの愛情を注いでくれて、一番のファンでいてくれたお母さん、ありがとう」。“サイレントK”の異名を取ったサウスポーが自分の言葉で紡いだ実直なスピーチは、栗山監督や何人ものチームメイトたちも目に涙を浮かべるほどに聴衆の心に響く、感動的なものとなった。

矢野謙次氏(北海道日本ハム)

 12年半にわたって在籍した巨人時代は、代打の切り札や外野のスーパーサブとして活躍。2015年6月に北海道日本ハムに移籍してきてからは打率こそ振るわなかったが、主に代打として重要な局面でたびたび印象的な働きを見せた。スピーチは「16年間、一度もレギュラーを取ったことがなく、生え抜き選手でもない私に、これだけの晴れ舞台を用意してくださったことに、心から感謝いたします」と、周囲への感謝から始まった。

 国学院大学時代の恩師・竹田利秋監督に感謝の言葉を述べる段では感極まり、涙を流しながら脱帽して頭を下げた。ファンに対してはクライマックスシリーズに向かう一軍の選手たちへの後押しだけでなく、宮崎のフェニックスリーグで鍛錬に励むファームの選手たちへの応援も依頼。矢野氏は「最後に、魂こめて、叫ばせていただきます。ファイターズ最高!!」と、お立ち台での決め台詞を口にして、現役生活に別れを告げた。

小谷野栄一氏(オリックス)

 小谷野氏は北海道日本ハム時代に発症したパニック障害にも負けず、打点王、ベストナイン、3度のゴールデングラブ賞と、三塁手のレギュラーとして数々のタイトルを手にした。ファイターズの二軍監督時代に、パニック障害で練習すらままならなかった小谷野選手に親身になって接し、立ち直るきっかけを作った福良淳一監督(当時)は、小谷野氏が現役最終打席を迎えた時点で既に涙をこらえきれない状態だった。

 小谷野氏は「まさかこんな僕が16年間も野球を続けることができるとは本当に思いませんでした」と話し、「恩師である福良さんと同じタイミングでユニフォームを脱げるという、選手としてはこんなに嬉しいことはないと思っています」とした。そして、翌日に迫っていた、対戦相手の福岡ソフトバンク・本多雄一氏の引退試合を「最高な試合にしてあげてください」と語る粋な計らいも。スピーチ終了後に福良監督から花束を渡されると、小谷野氏は頭を下げながら号泣。退任する指揮官の目にも、師弟の絆を感じさせる涙が光っていた。

本多雄一氏(福岡ソフトバンク)

 本多氏は2010年から2年連続で盗塁王に輝くなど、福岡ソフトバンクの上位打線を担う存在として活躍。生え抜きとして13年間プレーした。まず、王貞治氏、秋山幸二氏、工藤公康氏という、師事してきた3人の監督に感謝の言葉を述べると、苦楽を共にしたチームメイトと共に歓喜を味わえたことは「僕の財産になりました」と語り、「チーム一丸となって戦うホークスは、とてもすばらしいものでした」と、仲間たちに感謝の言葉を述べて頭を下げた。

 応援団やファンの方々に対しても、「『走れ、走れ、本多』コールは、いつも、背中を押してくれました」と感謝の言葉を述べて一礼。支えてくれた妻への言葉を述べる際には大粒の涙を流し、スピーチ終了後にはスタンドの様々な方向へあらためて頭を下げた。実直さがうかがえるスピーチを終えた後に、同期入団の松田宣浩選手が花束を渡しに来た時には、お互いに涙を浮かべて別れを惜しんだ。

根元俊一氏(千葉ロッテ)

 根元氏は2008年に110試合で打率.296という成績を残して頭角を現し、2012年から2年間は粘り強い打撃を武器に二遊間のレギュラーも務めた。マリーンズ一筋13年間の現役生活を締めくくるスピーチは、「まず初めに、大した成績も残していないこの私に、このようなすばらしい花道を作っていただき……」と、球団関係者、マリーンズの選手やスタッフ、対戦相手の福岡ソフトバンクとそのファンに向けた感謝を述べて始まった。

「あまり長くなりますと皆様の帰る時間が遅くなってしまいますので、そろそろ締めさせていただきたいと思います」と配慮も見せつつ、「日本一の千葉ロッテマリーンズファンの皆様。皆さんが歌ってくれる自分の応援歌が、本当に大好きでした。そんな中、大好きな野球ができたこと、そして、今日、ここで皆様に感謝の気持ちを伝えられること、本当に幸せに思います」と感謝を語り、翌日に引退試合を行う岡田氏の引退試合にも熱い声援を送ってくれるよう願っていた。

岡田幸文氏(千葉ロッテ)

 岡田氏は育成ドラフト6位でのプロ入りながら2011年にはレギュラーの座を掴み、そこから2年連続でゴールデングラブ賞を受賞した。スピーチでは「正直、こんな日が来るとは思いませんでした。ただがむしゃらに、ボールを追いかけ、グラウンドを駆けまくる。そういった、プレーでした。ホームランも打ったことはありません。なのに、10年間もできました」と、デビューから2501打席連続無本塁打の日本記録にも触れながら、自身のキャリアへの充実感をにじませた。

 引退試合で3安打を放つまで59打席連続無安打と、野手としての日本記録を作るほどのスランプにあえいでいたが、「いい時も悪い時も、いつも変わらず、熱い声援をくださったファンの皆様、本当に感謝の気持ちでいっぱいです」と、あらためて謝意を語った岡田氏。「マリーンズはまだまだ強くなります。これからもマリーンズをよろしくお願いします」とスピーチを締めくくり、選手、コーチだけではなく、裏方やスタッフとも握手を交わして現役生活に別れを告げた。

松井稼頭央氏(埼玉西武)

 日米通算2705本の安打を放って数々のタイトルも獲得し、「史上最高のスイッチヒッター」の呼び声も高い松井氏。25年と長きにわたったプロ生活は「自分一人の力ではなかった」とし、これまでめぐり合ってきた指導者やチームメイトたちに感謝した。かつて活躍したライオンズに15年ぶりに復帰し、その年にチームは10年ぶりのリーグ制覇。「この最後の1年が、最高の1年になりました」と、あらためて喜びと謝意を口にしていた。

 古巣のファンには「オープン戦の時の歓声、代走で出た時の歓声、シーズン最後の打席での歓声。これからも、忘れることはありません」「ファンの皆様から、『ありがとう』『お疲れ様』『これからも頑張ってください』。そういう言葉をいただきました。逆に、僕が皆様に『ありがとう』と言いたいです。このユニフォームを着てファンの皆さんの前で引退ができる。本当に、最高の野球人生だったと思います」と感謝し、最後はライオンズファンに加えて米国と東北で応援してくれたファンにも謝意を述べ、スピーチを締めくくった。

攝津正氏(福岡ソフトバンク)

 中継ぎとして、新人王と2年連続の最優秀中継ぎ。先発として、最多勝、最高勝率、沢村賞。攝津投手は27歳と遅いプロ入りながら抜群の成績を残し、ホークスのエースに君臨した。「小さいころから夢見たプロ野球の世界で10年間プレーできたのは、これまで支えてくれた監督、コーチをはじめ、球団スタッフ、家族、そして何よりも、いつも暖かく声援を送って頂いたファンの皆様のおかげだと思っております」と、あらためて周囲に感謝した。

 引退表明がレギュラーシーズン終了後となったため、引退セレモニーの場はオープン戦に。「これからは、またホークスに呼んでいただけるよう頑張りたいと思います」と語ると、現役時代の応援歌を背にセレモニアルピッチを行った。最後の一球は現役時代の同僚でもある高谷選手のミットに収まり、ファンからの暖かい拍手を受けながら、かつての沢村賞右腕はヤフオクドームのマウンドに別れを告げた。

城所龍磨氏(福岡ソフトバンク)

 城所氏は俊足と強肩を武器にホークス一筋で活躍し、2016年には交流戦のMVPも受賞。代走や守備固めを中心に幅広い活躍を見せたことから、「キドコロ待機中」のフレーズでも親しまれた。先述の攝津氏と同様、引退が11月末となったことからオープン戦で引退セレモニーが行われ、「待機してばかりしていた15年間でしたが、ファンの皆さんの熱い声援のお陰で15年間プレーできました。本当にありがとうございました」と、あらためてファンに対して感謝した。

 両親、妻、子供にも感謝の言葉を伝え、今後については「野球界に恩返しするために、野球の普及、青少年の健全育成のため、夢に向かって頑張っていきたいと思います」と語り、「これからも、福岡ソフトバンクホークスを一緒に応援していきましょう。そして、これからも城所龍磨を応援してください。本日はありがとうございました」と締めくくった。セレモニアルピッチでは福田秀平選手とバッテリーを組んで柳田悠岐選手を三振に取ると、最後は持ち前の強肩で外野席に大遠投。ファンにボールをプレゼントし、本拠地を沸かせた。

佐藤達也氏(オリックス)

 佐藤氏は快速球を武器にリリーフとして出色の働きを見せ、2013年から2年連続で防御率1点台で最優秀中継ぎを受賞。リーグを代表する中継ぎとして君臨した。引退セレモニーでは、共にチームのブルペンを支えた平野佳寿投手(現・ダイヤモンドバックス)からのビデオメッセージも紹介された。佐藤氏本人は「野球を始めた時から、まさかプロ野球選手になるとは思っていなかった」というが、「本当にすばらしい人たちに恵まれて、プロ野球選手になれたと思っています」と、これまで携わった人々に深く感謝していた。

 プロに入ってからも「すばらしい球団と、最高のチームメイトと、そして、最高のファンの皆様と一緒にプレーできたのは、僕にとって本当に幸せでした」と周囲への謝意は続き、「7年間という短い間でしたが、本当に、本当に、ありがとうございました」と、大車輪の活躍で駆け抜けた現役生活を締めくくった。「これからは違う形となりますが、オリックスという球団を支えていきたいと思っています。皆さん、これからもよろしくお願いします」というスピーチでの言葉通り、現在は広報という新たな立場で、球団の力となっている。

福浦和也選手(千葉ロッテ)

 千葉ロッテ一筋、26年の野球人生を送り、2001年の首位打者、通算2000本安打をはじめとする数々の偉業を成し遂げてきた福浦選手。「千葉ロッテマリーンズに入団し、26年経ちました。自分の力では、ここまでできませんでした」と、歴代の監督、コーチ、チームメイトたちに加えて、マネージャー、広報、スタッフ、用具担当、裏方、トレーナーといった、陰ながらチームを支えている人々にも感謝し、「ファンの声援が力となり、勇気をもらい、今日まで僕の身体を動かしてもらえました」と、あらためてファンに気持ちを伝えた。

 両親、妻、子どもたちへの謝意も口にし、「最後になりますが、自分の叶えられなかったリーグ優勝、そして、井口監督の胴上げ。ここにいる一軍選手、そして、二軍で一緒に頑張っている選手たちが、必ず叶えてくれると思います。そのためにも、ファンの皆様、これからも熱いご声援、どうかよろしくお願いします」と、後輩たちに期待をかけた。最後は「今日たくさんの人に見送っていただき、幸せな野球人生でした。ファンの皆様、26年間、本当にありがとうございました」と締めくくり、“幕張の安打製造機”はフィールドを去った。

田中賢介選手(北海道日本ハム)

 田中賢介選手はファイターズで18年間プレーし、二塁手として6度のベストナインと5度のゴールデングラブ賞を受賞。2度の日本一、5度のリーグ優勝にも大きく貢献した。「私にとって、ファイターズは家族です」という言葉から始まったスピーチは、球団職員、チームスタッフ、応援団とファン、チームメイトへ順番に感謝の念を述べていき、「その他にも、感謝したい人たちは言い切れないほどたくさんいます。その全ての人たちが、僕にとっては家族です。その家族と共に過ごせた20年間は、最高に幸せな時間でした」と紡がれた。

 続けて、もう一つの“家族”である両親と妻への感謝も口に。苦しんでいた時期にかけられた励ましの言葉を紹介する際には、思わず感極まった。「家族は、どんな時も君たちの味方です。いつも、暖かく見守っています。だから、失敗を恐れず、どんどんチャレンジしてほしい。私も、たくさん失敗してきました。これからもたくさん失敗すると思います」と、北海道、全国の子どもたちへのアドバイスも。「最後の打席の『賢介』コール、色んな思い出が蘇って涙が止まりませんでした。みんな、ありがとう。心から感謝しています。20年間、ありがとうございました」と涙ながらに口にし、北海道への恩返しを誓っていた。

岸田護投手(オリックス)

 岸田投手は2009年に先発として10勝、2011年には抑えとして33セーブと、様々な役割で活躍。投手陣のリーダー格として、オリックス一筋14年間の現役生活を送った。まず始めに、引退試合の開催に尽力した球団関係者、スポンサー、そして対戦相手の福岡ソフトバンクの球団関係者とファンに感謝の言葉を述べると、戦友たちや裏方のスタッフに加えて、「このケガの多い身体をいつも癒して」くれた、コンディショニングコーチやトレーナーに対する感謝も口にした。

 小学校から社会人まで含めたアマチュア時代のチームメイトや、恩師、治療院や病院の先生、妻、娘、両親と、岸田投手が感謝する相手は尽きない。「これからオリックスは強くなります。長い長いトンネルを抜けようとしています」「絶対強くなります。これからのオリックスは面白いです」と断言し、「その先、頂点へ導いてくれるのは、いつも熱い声援を送ってくれるファンの皆さんです。ファンの皆さんがこのチームを優勝させます。選手は応えます。これからも末永くオリックスをよろしくお願いします」と、多くの人に慕われた男は、最後までチームを愛する姿勢を崩さなかった。


「パーソル パ・リーグTV」では、10月30日から過去の引退試合やセレモニーの様子を、1試合丸々配信する予定だ。配信予定の選手はこちら。

・田中賢介
・福浦和也
・岸田護
・斎藤隆
・武田勝
・小久保裕紀
・小谷野栄一
・矢野謙次
・岡田幸文
・サブロー
・金子誠
・本多雄一
・森本稀哲
・西口文也

球界を代表した名選手が見せた最後の雄姿や、ファンに残した最後の挨拶を、もう一度ご覧になってみてはいかがだろうか。